閑話 似合う服ではないよ


「いってしまいましたな」


 ゴリョウ城の天守から、去っていく『希望』を眺めサイゾウが口を開いた。


「気持ちの良い連中だった」

「であれば引き留めても良かったのでは? 君たちが力を貸してくれるなら、と」


 答えたブヨウにサイゾウが笑いかける。

 肉食獣の笑みで。


 返ってきたのは苦笑。


「『希望』の力を借りて私がランズフェローを統一する、か。どう考えても似合う服じゃないな、それは」

「またそういう覇気のないことを」


 やれやれとサイゾウが両手を広げた。


 ブヨウはカゲトゥラを推したが、サイゾウの見るところ器量において二人は拮抗している。


 他国の文化の良いところを積極的に取り入れつつも、同時にランズフェローらしさにもしっかりと敬意を払う、という点を考えれば、ブヨウに軍配があがるだろう。


「私にはね、サイゾウくん。エゾン開拓という使命があるんだよ」

「それはもう、何度も何度も聞かされて耳にたこができていますがね」


 広大なエゾンの地を開拓し、酪農や畜産を根付かせ、民草たちに栄養のあるメシを食わせる。


 そうすることで、体格的な差がある中央大陸の人間とも互角に渡り合えるようになる、というのがブヨウの持論なのだ。


 能力とか才能以前の問題として、身体が小さいとでかい奴らの前で萎縮してしまうから。

 それは外交の場においては大変に不利になる。


「俺の身体があと二回り大きかったとしても、闘神アスカに勝てたとは思いませんがね」

「当代の英雄だもの。悪魔や邪神とも戦ったことがあるというじゃないか。アレに勝つというのは、人間であることから離れるのに近いと私は思うよ」


「深淵を覗くものですか」


 肩をすくめるサイゾウ。

 怪物と戦い続けるうちに人間性を失い、自らも怪物と成り果ててしまった男のサーガだ。


 吟遊詩人たちによって広く世界中に流布しており、人気の高い演目である。


「ものすごく人間くさかったですけどね。彼女たちは」

「ライオネルがいるからさ。彼の存在が彼女らを高みに押し上げたし、同時に人間であり続けさせているんだと私は思ったね」


 サイゾウのグラスに酒を注いでやりながら、ブヨウが微笑する。


 麦酒だ。

 冷涼な気候のエゾンは稲作に向かなかったため貧しかった。そこでブヨウは中央大陸から寒さに強い大麦を輸入し、一大穀倉地帯を作り上げたのである。

 そしてその副産物として生まれたのが麦酒ラガー


 後にこれがランズフェロー中で大流行するのだが、それにはまだ幾ばくかの時間が必要だった。


「そういうものかもしれませんね」


 サイゾウもまたブヨウのグラスに酒を注ぐ。

 あのオカン軍師がいなければ、英雄の卵から孵化したのは悪魔だったかもしれない。


 ライオネルの軍才を恐れたどこかの国が彼を暗殺などしたら、闘神アスカ、大賢者ミリアリア、聖女メイシャが人間の敵になるだろう。


 怒り狂ったアスカと戦うのかと想像したサイゾウは、背中を冷たい汗が伝うのを自覚した。

 そりゃ無理だ、と。


「……三合もつかな……?」

「おいおい。情けないことを言ってくれるなよ。私の右腕」


「じゃあブヨウ卿は軍略でライオネルに勝ってくださいね。そしたら俺も頑張ってアスカに勝ちます」

「はっはっはっはっ」


 あさっての方向を見ながら笑ったブヨウが、ぐいと麦酒を飲み干した。






 

 インディゴ州に入ったライオネルたちは、まず景色の違いに驚いた。

 エゾン州と比較して圧倒的に緑が多く、温暖で、あちこちに水田や畑が見える。


「平和そうな国ですわね。ネルママ」

「そうだな。畑も荒らされていないし、働く人々の顔も明るい。きっと良い施政が敷かれているんだろう」


 メイシャの言葉にライオネルが頷く。

 民草にとって最大の喜びとは、生活が脅かされないことだ。

 税を納めるのは、ちゃんと俺たちの生活を守れよ、という意味でもあるのである。


「ランズフェローはごはんが美味しいので好きですわ」

「他にもっと好きになる要素ってあるだろ?」


「でもネルママ。肉を焼いてお米と食べるだけで幸せになれますわよ」

「そこは否定しないけどよ」


 蓋世の軍師が簡単に言いくるめられているのをみて、娘たちがクスクスと笑った。


 食べ物が絡んだら、ライオネルといえどもメイシャに勝てないのである。

 なにしろ最後は至高神の意志、というラインで押してくるから。


 聖女と呼ばれ、在野ながらに司教の称号をもつメイシャの言葉である。信頼度の桁が違うのだ。


「さて、ブヨウ卿が推したインディゴ州のカゲトゥラ卿か。はたしてどんな人物なのか」


 こほんと咳払いし、ライオネルが話題を変える。

 勝てない戦いを続ける気にはならなかったようだ。


「とても美しい方だと聴いたことがあります」


 答えたのはユウギリ。

 アスカ、ミリアリア、メイシャの眉がピクンと動いた。


 美人にはあまりライオネルに近づいて欲しくないのである。

 それじゃなくてもライバルがものすごく多いのだから。


「トゥラっていうくらいだからぁ、いさましいんじゃないのぉ?」


 のへんと首をかしげるサリエリだった。

 トゥラというのは虎という意味らしい。

 美しい女性の名前として虎とというのは、いささかミスマッチだ。


「べつに顔や名前で王様やるわけじゃないスよ」


 なんで実利のないことで悩んでいるのか、と、呆れた顔をするメグである。

 今話してもすべて想像。

 会ってみなくては判らないのだ。

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