第315話 アスカとサイゾウ


 ゴリョウ城の広い内院にサムライたちが詰めかけている。

 世紀の一戦を観戦しようと。


「東! 闘神アスカ!! 西! 鬼のサイゾウ!!」


 審判役のブヨウ卿が声を張り上げれば、アスカもサイゾウもすっと木剣を構える。

 一分の隙もなく、だけど流れるように自然体で。


 ほう、と観客たちが息を呑んだ。

 もちろん俺もその一人。


 なんつーのかな、対峙しているだけなのにこっちにまでびりびりと闘氣が伝わってくる。

 と同時に、まるで絵画のように美しい。


「いざ尋常に」


 始めて耳にしたサイゾウの声はなかなか渋くて、巷の商売女たちが絶対に放っておかないだろうって感じだった。


 にやりと笑ったアスカ。


「勝負!」


 踏み込みは同時。

 ぱぁん、と景気のいい音がゴリョウ城に響き渡った。


 見ていなかったものはなにかが爆発したと思っただろう。


 そして見ていたものは、自分の目を疑った。というか目に映った光景を理解できなかった。


 アスカとサイゾウの木剣がぶつかった瞬間、音高くはぜ割れ、粉みじんに消滅したのである。


「こんなこと、あるんだね!」

「……驚きだ」


 それぞれ、自分の手のなかに残った木剣の残骸を見ながらの言葉だ。


 互いの速度がまったく同じで、威力もまったく同じで、得物の強度もまったく同じだったから、インパクトの瞬間に木剣が衝撃に耐えかねて爆発しちゃったのである。


 アスカではないが、こんなことあるんだねって感じだが、並の剣士だったらこんな現象は起きない。


 どちらも想像を絶する化け物だって証明だ。


 小間使いたちが新しい木剣を持ってきて、あらためて試合が始まったが、なんというか最初の一撃でみんな度肝を抜かれちゃったんで、そこから先はとくに印象に残らない。


 名勝負だったね、という一言で済んでしまうのはちょっと気の毒だ。

 いや、本当に良い勝負だったんだよ。


 アスカの剣技もサイゾウの剣技も、なんというか人の身がどこまで柔軟に、力強く、素早く動けるかというのを見せくれて、迫力満点だった。


 少年剣士が見たら、目をキラキラ輝かせていたこと疑いない。


 けど、初撃のインパクトがなー。

 あれ見たあとだと、どんな名勝負も霞んでしまうって。


「良い勝負だったね!」


 片膝をついたサイゾウに、アスカが右手を差し出す。

 勝負はアスカの勝ち。


 僅差だったけど地力の差が出たってところかな。

 まあ偉そうに論評しちゃってるけど、俺がサイゾウと戦ったら百回やって百回負けるけどね!


「……見事だ」


 ちょっとはにかんだ表情で、サイゾウがそれを握り返した。


「三手前さ! 掬い上げたあとそのまま切り返してたら、防御が間に合わなかったかも!」

「なるほど。それもありだったな」


 ぐっと起こしてもらいながら、もう感想を言い合っている。


「あのときは、お前の剣が速すぎて攻めるよりも守りに意識がいってしまった」

「それをいうなら君だって!」


 良いなぁ。

 一戦したあとに意気投合するって剣士ならではだよね。


 俺が相手だと、もうアスカは本気で戦ってくれないからなぁ。






「もしランズフェローの統一というのを念頭におくなら、インディゴ州のカゲトゥラどのに会うのが良かろうな。彼女ならこのランズフェローを統べる器量がある」


 剣術試合のあとは大宴会に突入し、明けて翌日のこと。

 ブヨウ卿がランズフェローの勢力図について教えてくれた。


 三人のメジャーダイミョウがランズフェローを牛耳ってるわけだけど、その支配域は、北、中央、南に分かれている。


 まず南のナガル卿。

 アンド州のダイミョウなんだけど彼にしたがうダイミョウが三名いるから、結局四州を支配している計算だ。


 べつに同盟関係や隷属関係にあるわけじゃなく、なんとなく流れでそういうことになっているらしい。

 ちなみにユウギリの主君であるミフネ卿もこの党与だね。


 次に中央部のホウジョウ卿。

 領土的な野心が最も強い人物で、ランズフェロー統一の第一段階として、セイロウを北方辺地に派遣したりしてる。

 で、彼の支配域は五州。


 最後はカゲトゥラ卿って人で、この人は女ダイミョウだ。


 支配域は二州で、メジャーダイミョウの中じゃ一番小さいけどインディゴ州ってのがとにかく豊かで生産力がものすごいらしい。

 金鉱とかもあるんだってさ。


 彼女に従うカガン州ってのもものすげー富み栄えていて、この二州だけで四州に近い生産力なんだそうだ。

 その分人口も多くて、兵も精強なんだってさ。


「ブヨウ卿はどう立場なんです?」

「私はどこにも与しないよ」

「局外中立ですか」


 誰の味方もしないが誰の敵にもならない。

 一番狙われやすいポジションだと思うけど、すぐ南のカゲトゥラ卿が理解を示しており、攻め込んではきていないそうだ。


 ふーむ。

 領土的な野心がないってことなのかな。


 でもそういう人物にランズフェローを統一しないかって勧めても、拒否されそうな気がするなぁ。

 しかも支配域も、たった二州だけだし。


「どうして私がカゲトゥラどのを推すのか判らない、という顔だな。ライオネル」

「ありていに言ってしまえばそうですね。三人のメジャーダイミョウの中で、最も天下には遠い人物に思えます」


 戦力的にも、性格的にもね。

 ギラつくような支配欲、というのも困るんだけど、あんまり野心がなさ過ぎるのも王様には向かないんだよなー。


「会ってみたまえ。それで謎は解けるから」


 にやりと、ブヨウ卿が笑ってみせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る