第314話 ゴリョウ城の真価


「なるほどな。たしかにライオネルの言うとおり、ランズフェローが統一されねば危険だな」


 ふむとブヨウ卿が頷く。

 セルリカとムーランの話をしたら、あっという間に理解してくれた。

 優しげで穏やかな人だけど、やっぱりかなりの切れ者だよな。


「かつて、この地にゴリョウ城を築かせたエルフも、似たような話をして曾祖父の危機感を煽ったらしい」

「それはそれで先見の明っていうか、予言者ですか。そのエルフは」


 大セルリカは、国内が安定すればいずれ東大陸統一に動き出す。

 これはまあ、既定の事実なんだ。


 皇帝リセイミは英明な君主だから、彼が在位のうちは侵略戦争はしないとは思うけどね。


 ただ、セルリカの力ってちょっと人を狂わせるくらいのものがあるから。

 大陸統一、できちゃうんじゃないかなってね。


 野心家の皇帝が誕生した瞬間、それは現実のものになってしまう。

 で、いくつかの隣国のうち、最も危険なポジションにいるのがランズフェロー。


 理由としては弱いから。十二州のダイミョウが一丸となって戦えるなら話はべつだけど、国内が統一されてないんだもん。


 ダイミョウたちが治める州を、ひとつひとつ平らげていけば良い。


「最初に攻め込まれるのは一番端にあるエゾン。しかし、ここで侵攻を止めることができれば、事態は大きく変わる、だそうだ」


 意味が判るかね? と、ブヨウ卿が訊ねてくる。

 この城を築いたエルフが先々々代のダイミョウを口説き落とした言葉らしい。


「判るっていうか、諦めますよ。いきなり初手でつまづいたら」


 緒戦って、ものすごく大事なんだ。

 最後に勝ったものが勝ちだ、なんてバカにする人もいるけどね。


 敗勢をずるずる引きずってそのまま完全敗北するなんて、いくらでもある話。

 なぜかといえば負け分を取り戻そうと無理をすることになるから。


「普通に考えて、緒戦に投入する兵力は五千から多くて一万。それではゴリョウ城は陥せません。下手をすれば攻め手が全滅します」

「それほどなのかね? ライオネルくん」


 ほほうとブヨウ卿が感心した。

 その顔はゴリョウ城の真価をしらないっぽいな。


「何十回も何百回も攻めてこられたら、そりゃ陥ちますけどね。現実には一回退けられたら、セルリカは侵攻を断念します」


 当たり前だけど侵略戦争に諸手を挙げて賛成なんて重臣ばかりなんてことはありえない。

 敗北は主戦派を黙らせる要素になり、穏健派を勢いづかせる。


 仮に一万が全滅したのに再侵攻を皇帝が強行しようとしたら、下手したら命が危ないよ。

 取って代わりたい人間なんていくらでもいるんだからさ。


 国王の意志は絶対だけど、処刑や暗殺された王様の数なんて数えるのも馬鹿馬鹿しいくらい多いからね。


「けど、さすがのエルフもムーラン王国の勃興までは読めなかったようですね」


 俺は肩をすくめてみせる。

 ゴリョウ城がいくら堅城でも、戦略的にその価値を失わせることができるようになった。


 セルリカがムーランと手を結んだ場合、一方が北から他方が南からランズフェローに攻め入るってことも可能なのである。


「そうなったら、ゴリョウ城とエゾンだけを残してランズフェローが滅亡するって笑えない事態になりますしね」







 机上演習と剣術試合をおこなうことになった。


 俺の言葉を疑うわけではないが、完全に信じるには実力を示して欲しいっていう流れになったのだ。

 まあ、そのくらいの要求は当然だろうね。


 せっかくだから、机上演習はゴリョウ城の守備戦をしよう。俺が五千の守備兵でゴリョウ城を守り、ブヨウ卿麾下のサムライ大将たちが一万で攻め込んでくるって設定で良いかな。


 剣術試合はアスカ対サイゾウ。

 どっちも一番強いカードを切る感じで。


 で!


「負けた負けた! なんだこの城! 反則じゃないか!!」


 むっきゃー、と、ブヨウ卿が兵士の駒をテーブルの上に放りだした。

 やってられるかー、と。


 いやいや、これあなたのお城ですからね?


 サムライ大将たちも狐につままれたような表情である。

 対戦は三十局にも及んだけど、攻め手の全敗で幕を閉じた。


「二倍の数で攻めてるんだぞ。なんで堀すら越えられないんだよ」

「そういう構造ですからね」


 ゴリョウ城の強みは死角がないこと。どの方向から攻めても十字射撃に晒されるんだ。

 そしたら足が止まり、ただ死体だけが積み重なってしまう。


 なんとかそれをくぐり抜けても水深十三尺(約四メートル)、幅三十三尺(約十メートル)の堀を越えなくては外壁に取り付けない。


 そして外壁の高さも三十三尺だ。

 上から石を落としてやるだけで、堀に真っ逆さまである。


「ちなみに、堀に油を流して火をつけたら、泳いで渡ることも不可能になります」

「この城を造ったアヤノとかいうエルフは鬼だな。これをやられたら嫌だってことを全部やってくる感じだ」


 うげーって表情のブヨウ卿だ。

 繰り返すけど、あなたの城だからね? これ。


「これがゴリョウ城の真価です。参考になりましたか?」

「なるほどなぁ」


 頷きつつも、まだ攻略法を模索しているんだろう。

 きっとこれから先、何度も何度も机上演習するんだろうなあ。


 ていうか俺の中で、まだガイリアの五芒星を攻略する方法ができてないんだよね。

 インビジブルで潜入して、中から攻め落とすってのは軍略じゃないからね!


「さて! 次は剣術試合だな!」


 気を取り直したように、ブヨウ卿がぱんと手を叩いた。

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