第313話 最果てのダイミョウ


「『希望』のごとき有名人がエゾンを訪れるとは望外のこと! ぜひ我が主君に会っていってくだされ! とくにユウギリ様!」


 なんだろうね。

 この兵隊さんは、やたらとユウギリ推しだ。

 同国人だから?


 そして困った顔のユウギリはアスカの後ろに隠れようとしてるし。

 アスカ、ミリアリア、メイシャの三人は目立つのが大好きだけど、他の三人はまったくそんなことがないからね。


 とくにユウギリは、つねに何歩か下がって俺とかを立てようとしてくれる。

 そうまでして目立ちたくないのかよってレベルで慎み深いんだ。


「突然押しかけて、ご迷惑ではありませんか?」

「とんでもない! 大歓迎でござる!」


 遠慮するのは無理っぽいね。

 まあ、ダイミョウたちの為人を知るってのが旅の目的の一つだから、絶好の機会を得たと考えるべきだろう。


「では、お取り次ぎいただけますか」


 俺は微笑してみせる。


 わぁ! と、周囲にいた民衆が歓声を上げた。

 どんだけ娯楽に飢えてるんだ? エゾンの人々は。


 そしてアスカたちが愛想を振りまくもんだから、ボルテージはどんどん上がっていく。

 ユウギリコールまで起きる始末だ。


 ランズフェローではユウギリが一番人気ってことなんだろう。


「世界的にぃ有名なチームだからねぇ。そのなかに自分の国の人がいたらぁ、まぁ応援するよねぃ」

「サリエリもマスルで人気あるんスか?」

「うちはすごいよぉ。ファンクラブあるよぉ」


 のへのへと自慢してるけど、どこまで本当かは判らない。

 ていうかたぶん嘘だろう。

 酒場の歌姫とかじゃあるまいし。


 そもそも、元火消しピースメーカーが巷で人気だったら、それはそれで問題だよ。


「ライオネルさぁぁぁぁん……」


 そして情けない声で助けを求めるユウギリだ。

 しかたないな。


「アスカ、ミリアリア、メイシャ」


 三人娘に、ちょいちょいと指示を出す。


「あいあい!」


 喜び勇んでアスカたちがユウギリを取り囲んで手を振り出した。

 なにしろそこがいま一番目立つポジションだからね。


 闘神……聖女……大賢者……弓の女神……と、いままでユウギリひとりに向かっていた視線が四分される。


 こっちでできる援護射撃はここまでだ。あとは頑張って笑顔を振りまいてくれ。





「『希望』の勇名はこんな辺境まで届いている。お会いできて光栄だ」

「お耳汚しでした」


 エゾンを統べるダイミョウ、ブヨウ卿が差し出した右手を俺はしっかりと握り返した。


 珍しいね。

 ランズフェローの人たちってあんまり握手する習慣がないから。

 黒い髪に黒い瞳っていう、いかにもランズフェロー人っぽい容貌なのに。


 結局、町で半刻(約一時間)ほど足止めされ、城に入ったのは昼近くになってからだった。

 城で食事が振る舞われるって話が出なかったら、メイシャがへそを曲げる所だったよ。あぶないあぶない。


 大広間のような場所に案内され、けっこう豪勢な昼食会という運びである。

 テーブルに椅子、というスタイルで、ここもあんまりランズフェローらしくない。


「母ちゃん。油断しないでね」


 いつも通り俺の隣の席に着くとき、アスカが小声で告げる。

 視線はまっすぐ、ブヨウ卿の隣に座した人物に注がれていた。


 端正な顔立ちと鍛え抜かれたサーベルのような体つきの男性である。ブヨウ卿の護衛を兼ねてるのかな、まとっている気配も只者ではない。

 アスカがわざわざ忠告してくれるくらいだから、そうとう使えるのだろう。


「彼はサイゾウ。私の右腕のような存在だ」


 視線に気づいたのか、ブヨウ卿が紹介してくれる。

 サイゾウは軽く目礼したのみだ。


 それにしても、ブヨウ卿という人物からはピラン卿のザックラントと同じ匂いを感じる。


 おっとりとしているのに、根っこの部分に骨太い価値観がちゃんとある。人格的にも非常に落ち着いているし。

 サムライ独特の烈しさではなく、大海のような懐深さを感じるよ。


「ところで、この城のことなのですが」


 食事をしながらの雑談で場が温まってきたところで訊ねてみた。


 軍師としてはすごい気になるんですよ。

 俺が編み出した戦法をもとにキリル参謀が図面を書いたガイリアの五芒星は、たぶん当代最強といっていいと思うんだ。


 普通の軍でアレを陥とすのは不可能だろう。

 もちろん百万の大軍とかで囲んで昼夜を問わず攻め立てたら陥落するけどね。

 んなもん、どんな城だって同じだから想定するのは無意味。


「ゴリョウ城は変わった形をしているだろう?」

「ちょっと驚きました」


 五つの稜堡を持つからゴリョウというのだそうだ。


「曾祖父さんの代だから百年ちょっと前か。ふらりと立ち寄ったエルフの建築士が提案したらしい」


 ブヨウ卿が説明してくれる。

 最強の城を造ってやるという触れ込みと、エルフの美貌にころっときちゃった先々々代のエゾンのダイミョウがゴリョウ城を建てた。


「最強もへったくれも、一回も戦ったことないんだから判らないんだけどな」


 ブヨウ卿が呵々大笑する。


「美貌に籠絡されたのは事実かもしれませなんが、ゴリョウ城は強いですよ。

なにしろ、ガイリア王国の新しい王城、ガイリアの五芒星と同じ設計思想なんですから」


 そういって俺は微笑を返した。

 ガイリアにいる二人の軍師がやっとたどり着いた答えに、百年も前に至っていた人間がいたことに驚きながらね。


 本当、世界は広く人材は多いよね。

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