第312話 エゾンの五芒星?


「……俺は夢でも見てるのか?」


 思わず呟いてしまう。

 街道の先にそびえる城を見て。


 信じられん。

 だってまだガイリアでは完成すらしてないんだよ。そもそも設計思想だって流布しているわけがない。


 俺が考案した作戦を、洗練したかたちでキリル参謀が取り入れた最新式の城塞だもの。

 縄張りを知っているのはガイリア王国上層部とマスル王国の上層部だけ。


 箝口令だって敷かれている。

 完成するまでは。


「なのに……なんでランズフェローにガイリアの五芒星があるんだ……?」

「見間違いかもしれません。私が母さんを抱えて飛びましょうか?」


 ミリアリアが申し出てくれたが、さすがにそれは丁寧にお断りした。

 絵面が悪すぎるからね!


 それにまあ、上空からみなくたって城のだいたいの形状はわかる。

 これでも軍学は専門なんで。


「でもぉ、ぱっと見そんなに新しそうには見えないのぉ~」


 えらく可愛らしい仕草で、のへのへっとサリエリが首をかしげた。

 エゾン州の州都、マルコダの町である。


 州都というからにはダイミョウが住む城があるんだけど、エゾンの城は他のランズフェローの城とはあきらかに違っていた。

 ガイリアの五芒星にそっくりなのである。


 しかもサリエリがいうように、けっこう年季が入っている感じだ。

 俺の知っているところだとピラン城が一番古くて、建築から五百年以上経ってる。でも絶えず手を入れているから倒壊とかの危険はないけどね。


 で、エゾンの城もなかなかの老兵だ。

 百年や百五十年くらいは閲してそう。


 それってつまり、百五十年前に俺やキリル参謀と似たようなことを考えたやつがいたってことだよな。


「すげえやつがいたもんだな……」

「でもぉ、たぶん理解はされなかったんだろぉねぇ」


 のへーっと笑うサリエリ。

 もしこの設計思想が理解されていたら、ランズフェローには星形要塞がいくつも建設されていたことだろう。


「でも私は見たことがありません」


 ユウギリが首を振った。

 もちろん彼女もランズフェロー中の城を熟知しているわけではないだろうけど、こんな目立つ城は一度見たら忘れないからね。


「実際、キリル様が設計したのでなければ、ガイリアでも受け入れられたかどうか」

「たしかにな」


 ミリアリアのもっともな言葉に俺は頷いた。


 名称たるカイトス将軍を支え、数多くの武勲を立てさせてきた人物だから、その言葉には説得力がある。

 街角の建築課がこんな城はいかがでしょうって提案してきたって、鼻で笑われるだけだよね。


 いったい誰が図面を引いたのか、そして誰が使っているのか。

 俄然気になってきたね。


「会ってみたいな」

「ネルダンさんって、変なところに興味もつスよね」


 ふんふんと鼻息を荒くする俺に、メグが両手を広げてみせる。


 くっそ。

 男のロマンとは、理解されないものなのか。





 エゾンの町は普通の規模だった。

 ルーベルシーと同じくらいか、ちょっと大きい程度。


 州都として考えたら小さい部類に入るだろう。たしかルーベルシーってバズン州で三番目の都会って話だったし。


 出入りする商人などに交じって街門の前に並ぶんでいると、町の中から走ってくる人影があった。

 一直線に俺たちの方をめがけて。


「ううむ。なんかまたトラブルの予感がするぞ」

「しかたないのぅ。ネルネルはもってるオカンだからぁ」


 のへのへとサリエリが笑う。

 もってるオカンとはこれいかに。

 俺がいったいなにを持ってるというのか。


「オカンの方わぁ、否定しないのぉ?」

「はっ! しまった!!」


 わいのわいのと騒いでいるうち、ラメラーアーマーをまとった男が、俺たちの前で立ち止まり、一礼をした。


「失礼だが、『希望』のご一同とお見受けする!」

「はい。『希望』で間違いありませんよ」


 答えつつ、俺は微笑を浮かべる。

 前にきたときは、ルーベルシーで冒険者とはなにかとかクランとはなにかとか訊かれたんだよな。


 ランズフェローには冒険者もいないし、当然のように冒険者ギルドもない。


 町のみんなの困りごととかどうするんだろうって思ったら、口入れ屋ってところがあって、そこが仲介役なんだそうである。

 そして冒険者みたいなポジションには、便利屋とか万事屋とか呼ばれる人が入るんだってさ。


 ともあれ、あのとき俺たちはふつうに不審尋問されたわけだ。

 いまのこの態度とは雲泥の差だよ。


「やはり! 『軍師二人』はエゾンでも大人気です! そして、そこにおられるのはユウギリ様!」

「はい、そうですが?」

「おおっ! おおっ! 弓の女神のサーガ以上の美しさよ!」


 兵隊さん大興奮である。


 ユウギリは困った顔だ。

 もともと前に出たがる性格でもないしね。


「セルリカの貪官汚吏どもを、霊弓イチイバルでバッタバッタと射倒していったとか!」

「えええぇぇぇ……」


 助けを求めるように俺を見るユウギリ。

 いやまあ、いつもどおり吟遊詩人やつらがてきとうに、面白おかしく組み立てたストーリーだろう。


 時系列もへったくれもない。


『軍師二人』で歌われているセルリカの動乱の際、ユウギリはまだ『希望』に加入していない。

 そもそも面識だってない頃だ。


 ついでに霊弓イチイバルなんて手に入れたのは、もっとずっと後になってからである。


「ま、いつものことさ」

「これを受け流しているライオネルさんのことを、いますごいと感じました」


 それじゃ今まではどう思っていたのよ?

 むしろ、ほかにもっと感心するところあるでしょうよ?

 泣いちゃうわよ?


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