第311話 北の町へ


 セルリカとムーランの折衝はシュクケイに任せて、俺たちはランズフェローに赴くこととなった。

 まあ、これは順当だよね。


 現状、セルリカにとって大事なのはムーランとの問題だもの。

 ランズフェローが統一されて、壮大な三すくみになれば良いってのはあくまでも将来をにらんだ策。

 今の段階では絵に描いた餅でしかないんだ。


 だから俺たちはランズフェローをまわって、ダイミョウたちの為人をたしかめようってことになったのである。


「でも母さん。セルリカとムーランの国交が正常化すれば、ランズフェローの政情なんてどうでもよくなるんじゃありませんか?」


 国境へと向かう馬車の中、賢いミリアリアが首をかしげた。

 そういう考えもたしかにある。


 ランズフェローの国力は大きくない。十二州しかないからね。

 四十五州もあるセルリカには遠く及ばないさ。

 だけど、十二州って数字は無視できるほどに弱くもないんだよね。


「そうだなぁ三脚ってあるだろ? ミリアリア」

「はい。絵とか楽譜とか飾るやつですよね」


 それがどうしたのか、と首をかしげる。

 まあ、たとえ話だからね。最後まできいておくれ。


「あれさ、足が二本だったら倒れちゃうだろ?」


 ものって三点で支えると安定するんだよね。

 椅子みたいな四点だと、長さがちょっと違うだけでガタガタしたりする。


「だから三国鼎立ってことですか……」

「ああ、相手が一国ってのと二国ってのではだいぶ違うからな」


 常に、二ヶ国を同時に相手取って勝てるかって考えないといけない。


 まともな軍略家だったら、そんな勝算の低い戦いなんかしないよ。一国と戦うときと比較したら、一桁は下がるんだもん。

 確率三割でも勝負するって勝負師だって、さすがゼロ割三分だったら勝負しないだろ?

 そういう次元の話さ。


「それで、どこかのダイミョウに力を貸して、ランズフェローを統一させるってことですか?」

「そうなったら良いなって話。統一の野心を持ってるダイミョウもいれば、そうじゃないのもいるだろうし」


 そう言って、俺はユウギリに視線を送る。

 こくんと頷きが返ってきた。


 彼女の主君であるミフネというダイミョウは、ランズフェロー統一に興味はないらしい。


 統一に至る戦で多くの人が死ぬのは我慢できないそうだ。

 なにをどうやったって、たくさんの犠牲の上に王国って築かれるから。


 そうまでしてランズフェローを統一しないといけないかっていうと、必要ないって答える人も多いと思う。


「ライオネルさんは、どちらかというとそういうタイプですよね。大義より平穏を尊ぶような。なのに、統一を進言されたのはどうしてですか?」

「ネルネルわぁ、安全な方を選んだんだよぉ」


 ユウギリの問いには、俺ではなくサリエリがのへーっと答えた。






 このまま事態が進めば、セルリカとムーランの間には通商条約が結ばれるだろう。

 そのときランズフェローが分裂したままだと、いろいろ危険なんだ。


 たとえばセイロウがランズフェローに侵攻したとしても、セルリカがそれを止める根拠がない。

 助けてくれ、と、ランズフェロー王国として救援要請が出されない限り動けないのだ。


 ムーラン国境に近いエゾン州のダイミョウあたりから助けを求められてもね。

 内政干渉にあたってしまうから。


 セルリカが攻め込んだ場合でも同じ。


 皇帝リセイミとセイロウ王が先を争ってランズフェローを端から平らげていく、なんて可能性だってある。


 ガイリア人の俺としては、ランズフェローがどこに併呑されようが知ったこっちゃないんだけどさ。それで泣くのは民草なんだよね。

 戦争でも内乱でも良いけど、孤児と未亡人が量産されてしまう。


「そうさせないためには、ランズフェローが統一王国として西にも北西にもがっつりと睨みをきかせるのが一番なんだ」

「なるほど……」


 ユウギリは頷いたけど、どこか納得いってない様子だった。


 仕方ないね。

 外敵から侵攻はたしかに防げるけど、その前にランズフェロー人同士で血を流さないといけない。

 大の虫を活かすために小の虫を殺すってやつだ。


 簡単に納得できたら、そいつは人としてどうかしてるか、自分が大の虫の側にいると信じて疑っていないんだろう。


「ともあれ、一年二年でどうにかなるって話じゃない。まずはダイミョウたちがなにを考えているか、そこを探ってみるのさ」


 俺は肩をすくめてみせる。

 ムーランは今回の敗戦から立ち直るのに、少なく見積もっても五、六年はかかるだろう。

 セルリカだって、まだまだ国内は安定していない。


 だからしばらくの間はランズフェローは安泰だ。


「けどさ、今日の次に明日がくるってなんの疑いもなく信じてるダイミョウばっかりだと、ちょっとやばいかなって思ってる」

「おお! その言い回し格好いいね! 母ちゃん!」


 すぐ混ぜ返すアスカの頭を、こつんと叩いておく。


 馬車は十日ほどの旅程を経てムカル大河を視野に捉える。これを渡ればランズフェロー北端の州、エゾンだ。


 セルリカからもムーランからも入れるという立地である。

 平和な時代がくれば三国貿易の中心地となるだろうし、戦乱の時代に突入すれば絶対に奪わなくてはならない戦略上の要地となるだろう。


 願わくば前者であって欲しいよね。


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