閑話 三分の計
ランズフェロー王国に王は存在しない。形式的に
十二人のダイミョウ、なかでもとくに力の強い三名のメジャーダイミョウの談合によって国が運営されている状態だ。
この奇妙な合議制を、かつて軍師ライオネルは軍事作戦を多数決で決めるような危険さだと評したことがある。
実際、東大陸においてのランズフェローは、かなり地味な存在だ。
あまり他の国から相手にされていない、というのが言葉を飾らない実情だろう。
隣国のセルリカも、まったく構っていない。
国境であるムカル大河周辺に配備された兵も三百名ほど。戦争することをまったく想定していない数である。
なぜその程度の警備なのかといえば、そのままずばりランズフェローが侵攻してくる可能性が限りなくゼロに近いからだ。
「ダイミョウのうちの誰かか、あるいは他の誰でも良いが、ランズフェローを統一したら、外に目が向くだろうがな」
とは、大セルリカの軍師シュクケイの言葉である。
激しい内戦がおこなわれているわけではないが、ランズフェローの国内は群雄割拠だ。
隣の州を併呑してやれ、と、どのダイミョウだって思っている。
「そんなことはありません。ミフネ様は戦いに明け暮れた戦国の世より、にらみ合って動けない今の平和の方がずっと良いと、常々おっしゃっていました」
やや語調を強くしてシュクケイに反論するユウギリだった。
彼女は『希望』のメンバーではあるが、ランズフェローの出身なのである。
「バズンのダイミョウ、ミフネか。彼ならばあるいは我が国とも友好条約を結べるかもしれないな」
逆らわず、シュクケイが頷いた。
ダイミョウといっても人それぞれ。平和を寿ぐものもいれば、ランズフェロー統一の大望を胸に抱くものもいる。
ユウギリの主君であったミフネが治めるバズン州はランズフェローにあって中堅どころだ。
メジャーダイミョウではないのである。
「この、三すくみの状況をなんとかするため、儂が派遣されたのだ」
セイロウが言った。
セルリカ軍本陣の天幕。
縛られてはおらず、態度も悪びれたものではない。
彼の周囲には、シュクケイをはじめとしてカウン将軍や太守ソーシンなどセルリカの幹部。そして『希望』の七人がいる。
尋問ではなく、今後についての話し合いがもたれているのだ。
もちろん書面をしたためての正式なものは後日のことになるが、まずは互いの存念を語り合う。
「つまり、ムーラン王国の蠢動はランズフェローの策略ということか?」
ライオネルが首をかしげる。
だとしたら、ちぐはぐなことが多すぎるのだ。
「いや、俺の意志だ」
いっそ堂々と告げるセイロウ。
「狭い国内で、ちまちまと覇権争いをするのが馬鹿馬鹿しくなってな。北部平原の広大さを目にしたとき」
どこまでも広がる草原。果てしない青空。
ここに自分の旗を翻してみたくなったのだ、と。
セイロウを派遣したのはメジャーダイミョウのひとり、ホウジョウである。
北方辺地で兵力をかき集め、鍛え、それをもってランズフェローの各州に侵攻しようとした。
自分にないものを外に求める、というのは、発想として間違ってはいない。
北方辺地はどこの国にも属していないし、そこで兵を集めたって誰からの文句も出ない。
ただホウジョウに誤算があった。
派遣したセイロウが野心に目覚めてしまったことだ。
北方辺地の広さはランズフェローの数倍にも達するのである。それを支配したセイロウは、メジャーダイミョウとはいえホウジョウの手足となって働くことに違和感を憶えてしまった。
ムーラン王国のほうがずっと強いのに、と。
「野心を抱いたあげく、セルリカに攻め込んできたわけか」
シュクケイの声は苦い。
セイロウの野望の炎にあてられ、どれほどの人間が野末の石と成り果てたか。
勝敗は兵家の常とはいえ、なかなかに業の深いことだ、と。
「申し訳なかった。身の程を知った」
床几の上、ぐっと頭を下げるセイロウ。
大セルリカはやはり強く、人材も豊富である。
越えられない壁を知り、彼の表情はむしろ晴れやかだった。
「北方辺地が安定するのはセルリカとして喜ばしいことだ。それに至るまで流された血に値するものがあるだろう」
隣国としてムーランと貿易し、互いに発展していけるならそれ以上のことはない。
話していて、ムーラン王セイロウの為人も判ってきた。
敵としては恐れるに値するし、味方としては頼むに値する。
握手する価値が充分にある人間だ。
方向性は違えど、ライオネルに対して抱く畏敬の念に近いものがある。
「ただ、同じような策略をランズフェローがとらないとは言い切れないですね」
そのライオネルが、半ば挙手するように意見を述べた。
メジャーダイミョウだけで、ランズフェローには他に二家ある。
ホウジョウが動いているのに、なにもしないでぼーっとしているとはちょっと考えにくい。
何らかの策動をしている可能性は充分にある。
あるいはすでにセルリカ内部に食い込んでいるかもしれないのだ。
「母上ならどう受ける?」
「いっそランズフェローが統一された方が、東側の国境が安定するかもしれませんね」
その言葉に、シュクケイ以外の者は目を見開いた。
ランズフェローが統一されてしまえば、野心の目がセルリカに向くのは必定。安定するわけがない。
「ランズフェローの三すくみを、セルリカ、ムーラン、ランズフェローの三国に拡大してしまおうってことだな?」
さすが大セルリカの軍師であるシュクケイは、すぐにライオネルの狙いに気づいた。
この状態になれば、どの国も簡単には動けなくなる。
二国が連合してしまうと非常にまずいからだ。
否応なく仲良くやらなくてはいけない。
「名付けて、東方三分の計ってとこですか」
「さすが母上、ネーミングセンス以外は完璧だ」
シュクケイを含めた全員が大笑いし、ライオネルが嫌な顔をする。
いつもの光景だ。
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