第310話 蒼き狼と紅の闘神


 第一撃と第二撃を担当したカウン隊とサリエリ隊だけど、敵陣に深入りすることなく外縁部削っていた。


 とにかくムーラン軍を混乱させるのが目的だからね。

 つっついては下がる、という嫌がらせみたいな攻撃によって、ムーラン軍はどうして良いか判らないって状況に陥っている。


 そこに持ってきて、セイロウ自らの大突撃と、どうやらそれも叩きのめされたらしいって状況だもの。


 戦うどころではなく、ほとんどの兵士が逃げる気満々だ。


 そうなったら百戦錬磨のカウン将軍も、万事そつがないサリエリも、無理に仕掛けるようなことはしない。

 本陣近くまで後退して次の手に備えるって感じだった。


 そのタイミングで、セイロウがガリョンを倒したのをアスカが見ちゃったらしい。

 そりゃ戦いたがるよね。


 で、戦いの趨勢はサリエリにも見えているだろうから、好きにさせたって感じかな。

 手綱を取るのがめんどくさくなっただけかもしれないけどね!


「闘神アスカだと! 望むところだ!!」


 シュクケイを探してセルリカ兵を斬りまくっていたセイロウが、ギラつく目でアスカを見る。


 あ、やばい。

 わかっちゃった。


 こいつもバトルジャンキーだ。

 強敵と戦いたくて仕方ないってタイプの人だ。


 乗騎に拍車をくれ、アスカに突っかかっていく。

 馬上でぶつかる七宝聖剣とカタナ。


 がっきーん、と景気のいい音が響き、魔力のともぐい現象で過負荷の火花が飛び散った。

 セイロウのカタナもかなりの魔力剣マジックアイテムっぽいね!


 ふたりの闘氣にあてられたのか、馬さえも猛り狂って互いの首筋に噛みつく。


 血しぶきを上げてどうと倒れる馬から、危なげなく地上に降り立つ二人。

 たった一合しか打ちあってないのに、顔が上気している。


「やるね!」

「そこもとこそ! 闘神の名に恥じぬ一撃よ!」


 褒めあい、一気に間合いを詰める!


 目にもとまらぬ抜き胴を下から音高く弾いた七宝聖剣が、そのまま軌道を変えて振り下ろされた。

 半歩だけ右に動いたセイロウの肩をかすめて。


「これを受けるか!?」

「これをかわす!?」


 ふたりとも驚きつつ、どこか楽しげだ。

 戦場なんだけどな、ここ。


 五合、十合、勝負はつかない。

 達人級の一騎打ちに、周囲の者たちが見入ってしまう。

 だから、ここ戦場だって。


 敵も味方も、みんな動きをとめてどうすんのよ。

 三十合、五十合。


 ついにアスカの左肩から血がしぶいた。

 まさか負けた、と思った瞬間、どうとセイロウが倒れ込んだ。


「み、みごと……」

「わたしの方が少しだけ速かったね」


 地面からの声に、ふうと大きく息をつくアスカ。


 二人の実力は伯仲していた。

 だから互いに覚悟を決めた。それは死中に活を見出す覚悟である。


 人は誰しも致命傷を避けるがゆえにどうしても踏み込みが浅くなる。達人と戦うときにはとくにそうだ。

 ほんの一寸(約三センチ)近づきすぎたために致命傷を受けてしまう。そういう次元の戦いなのだ。


 しかし、そこに踏み込まなくては勝利は得られない。

 アスカもセイロウも、相打ちになる危険性を顧みず、最高の一撃をくりだしたのである。


 結果、セイロウのカタナはアスカの左肩を割った。

 そのまま刃が進んでいたら、心の臓まで切り裂かれていただろう。


 だがそうはならなかった。

 アスカの七宝聖剣が、すでにセイロウのラメラーアーマーを貫き、胸骨を撃砕していたのだ。


 ほんの少しだけ、砂時計から落ちる砂粒が数えられるほど短い時間だけ、アスカの攻撃の方が速かった。

 解説すると陳腐なんだけど、そういうことである。


 たっとメイシャがアスカに駆けより、肩の傷に回復魔法を使う。


 戦場のど真ん中でなにをやっている危険じゃないか、と、普通なら思うだろうが、いまはまったく危険でもなんでもなかった。


 敵も味方も、完全に動きを止めてしまっていたから。

 叙事詩かよってレベルのアスカとセイロウの戦いに見入ってしまっていたから。


 闘神アスカの堯勇を幾度も目にしている『希望』メンバーだから動くことができてるってだけで。


「シュクケイどの。勝ち鬨を」


 呆然としちゃってる大セルリカの軍師の腰を、俺はぽんと叩いた。


「そ、そうだったな。皆のもの! 我らの勝利だ!!」


 軍配を振り上げるシュクケイ。

 えいえいおう、と、鬨の声が伝播していく。


 ムーラン軍にも、もう抵抗する意志はないようだ。

 どっかりと地面に腰を下ろして武器を放りだしている者もいるし、北へと逃げていく者もいる。


 もともとセイロウは力で支配してきたわけだからね。

 より以上の力には屈服するか、逃亡するか、どっちかなんだろう。


 アスカの治療を終えたメイシャが、倒れているセイロウに歩み寄り手をかざす。

 こちら向かって頷くのは、どうやら治療が間に合うっぽいな。


 べつに人道に基づいて彼を助けるわけではない。生きていてもらった方が都合が良いからだ。

 北方辺地を治めるムーラン王国として、きちんとセルリカとの外交をおこなってもらうためにもね。


「……『希望』の聖女よ……なぜ俺を助ける……」

「勇戦に感服したからですわ。シュクケイ様とライオネル様が、未来についてお話をしたがっております」


 にっこりと天使の微笑。

 どこか達観したようにセイロウが笑った。


「……俺の負けだ」


 宣言は、いっそ晴れやかに。

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