第309話 読める相手


 ムーラン軍の中央部から騎馬隊が飛び出す。

 右往左往する味方すら蹴散らす勢いで、七千騎ほど。


 事態を一気に打開するための騎馬突撃だ。


「正しい判断だ。セイロウという男は、常に最適解を選んでいる」

「ですね。でもだからこそ読みやすいし仕掛けやすい」


 シュクケイの言葉に俺は頷く。

 現状を打破するためにはどうするのが理想的か、セイロウはちゃんと知っているのだろう。


 ムーラン軍の混乱を収めるには劇的な武勲しかない。

 だから最も華々しい騎馬突撃で敵味方の目に勇姿を焼き付ける。


 騎馬隊が突撃してきたら、防御力のない弓箭兵部隊なんて一撃で粉砕されちゃう。

 遠距離からの攻撃で片をつけようとしている小賢しいセルリカ軍を蹴散らして威を示す。


 正しい判断だよ。


 でも、セイロウがそう考えるというのは織り込み済み。というより、そう判断するしかないように仕掛けているんだ。


「たとえば、今の今まで魔法隊が登場しないのはなぜか」


 うそぶいたシュクケイがさっと軍配を振れば、虎の子の魔法使い隊七百八十名が本隊の前に進み出る。

 代わって、弓箭兵部隊が左右に分かれて魔法使い隊の両翼になるように布陣していった。


 相対距離は三町(約三百三十メートル)。


 マジックミサイルが届くぎりぎりのところでシュクケイが軍配を振り下ろした。


「全隊、攻撃魔法三連! 用意! はなてぇぇぇぇ!!」


 七百八十発が三回。二千三百四十発のマジックミサイルだ。

 狙いはつけられておらず、ただまっすぐに飛んでくるだけのものだが、高速走行している騎馬隊に避ける術はない。


 見ていて気の毒になるほどの勢いで数が減っていった。


 転倒した騎馬に足を取られて転ぶ騎兵、そこにまた別の騎兵が突っ込んで雪崩みたいに転がっていく。

 ひどい有様だ。


 こうならないように、騎馬突撃の際には防御魔法アンチマジックシェルでがっちがちに固めるのが理想。


 もちろん、味方に魔法使いがいないなんてケースはいくらでもあるから、できるとは限らないけどね。


 魔法使いは稀少だから。

 敵にも味方にも魔法使いはいない、なんて当たり前にある。


 たださ、セルリカくらいの大国が魔法使い部隊を持っていないと思うのは、さすがに浅慮だよ。

 いるに決まってるじゃん。


 それでも魔法攻撃をくぐり抜け、肉薄してくる騎兵もいる。

 セイロウが周辺に置くだけあって精兵なんだろう。


「弓箭兵。水平射撃用意。射て!」


 この指示は俺から。

 魔法隊の両側に弓箭兵を翼のように配置したのはクロスファイアポイントを敵が通るようにするためだ。


「これが母上の十字射撃か! 実際に目の当たりにすると凄まじいな!」


 興奮した様子でシュクケイが手を叩いた。


 本当はね、狭い道での迎撃に使う戦法なんだよ。


 だけど、ガイリア王国軍のキリル参謀長が「敵の動きを上手くコントロールすれば、どんな場所でも十字射撃は使える」という戦略思想を構築したんだ。

 それに基づいて造られるのが新ガイリア城であるガイリアの五芒星ね。


 ここを通らないといけない、と敵が思ってしまったら、それは狭い道と同じことなんだ。

 この場合だと、セルリカ魔法隊との最短ルートね。


「防御にしか使えない戦法ですけどね」

「たぶん、千年経っても破る方法は見つからないと思うぞ」

「それで攻めるのはつまらんって思う人が増えてくれれば良いんですが」


 守る側に必殺ともいえる戦法がある。

 これによって、無謀な戦いを仕掛ける国が減ってくれれば良いよね。


「相変わらず母上は優しいな。惚れてしまいそうだ」

「やめてください。コウギョクさんに吊されてしまいます」


 くだらない冗談が飛び交うのは、戦いの趨勢がはっきりしてきたからだ。






 魔法隊に出鼻をくじかれ、弓箭兵隊に散々打ちのめされたムーランの騎兵隊は、それでも全滅せずにセルリカ本陣に迫ってきた。

 もう五百騎くらいしかいないけどね。


 ちなみにセルリカ軍本陣には、まだ一万以上の兵力がある。

 どう考えても勝負にならないんだ。

 それでもまだ諦めてない。


 逆転の目があるからね。

 たったひとつだけ。


「セルリカ軍参謀シュクケイ! いざ尋常に勝負せよ!」


 遮二無二しゃにむに突っ込んでくる立派な馬に跨がった大男。たぶんあれがセイロウだね。

 立ち塞がるセルリカ兵を、まるで草でも刈るみたいに薙ぎ払ってる。


 ていうかランズフェロー語だな、叫んでるの。

 振るってるのもカタナだし。


「なんでランズフェロー人が北方の蛮族を率いてセルリカに攻めてくるんだ?」


 ちょっと意味不明すぎる。


「蛮族め! キサマごときがシュクケイ様に目通りしようなど、百年早いわ!」


 鼻息も荒くセイロウの前に立つのはセルリカの武将の一人。


「よすんだガリョン! お前の敵う相手じゃない!」


 シュクケイが静止するが遅かった。


「退けぇっ! 雑魚がっ!!」


 一刀のもとガリョンの首が宙に舞う。

 空中にあるそれは、目と口でおおきな丸を三つ作っていた。


 腕の差がありすぎる。

 ガリョンってべつに弱くないんだけどな。セルリカの武将たちのなかにあって、真ん中くらいだろう。

 剣だけで戦ったら、俺なんか絶対に勝てないレベル。


 それがただの一撃で負けちゃうんだもん。

 セイロウの強さは半端じゃない。


 で、そんなの見せられたら黙ってられない人が、こっちの陣営にはいるんだよな。


「その勝負! 『希望』のアスカが買っちゃうよーっ!!」


 晴天にたなびく一朶の雲からツバメが飛び出すように、白馬を狩るアスカがサリエリ隊から突出してくる。


 ほら、やっぱりきた。

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