第308話 機先を制する!


 本陣の場所が特定された。

 混乱を鎮めようと必死に怒鳴っている人物がセイロウであろう、と。


 まあ、このために左右両翼を時間差で攻撃したのである。


 右の頬と左の頬を連続して引っ叩くように、といえば判りやすいかな。びっくりするよね。混乱するよね。


 本当はさ、平手でほっぺたを叩くよりダメージを与える方法なんて、いくらでもある。

 腹にグーパンの方がずっと効く。


 でも、インパクトとしては平手打ちって大きいんだよね。


 機先を制する、なんて言い方をすると格好いいけど、ようするに主導権を握るってこういうことなんだ。

 で、びっくりしたムーラン軍は混乱を収拾しようとする。


 どうやって?

 もちろん総大将が直々に指示を出して、だよね。

 それが一番の方法だ。


「だからセイロウ。きみの行動は最適解なんだよ」


 俺が呟いた瞬間。

 水鳥たちが一斉に飛び立つような音を立て、矢が撃ちあがった。


 エンカコ隊の五千は、ほとんどが弓箭兵で構成されている。ユウギリもここに配属されてるね。

 接近戦を想定していない部隊だ。

 こんな部隊編成なのは、もちろんこういう局面のため。


 雨のように矢が降り注ぎ、敵本陣では兵士がバタバタと倒れていく。

 反撃の矢が撃ちあがることもなく。

 まさに七面鳥撃ち。一方的である。


 そうこうするうち、ムーラン軍の外縁部で動きがあった。

 櫛の歯が抜け落ちるように、逃げる兵士が出始めたのである。


「ネルダンさん! 敵後衛で同士討ちが始まったス」


 ちょっと慌てた感じでメグが駆け込んでくる。


 ほうほう。

 仕掛けるより前に始まったか。

 意外と脆弱な支配基盤だな。


「セイロウなる人物は、だいぶ強引にいろんな部族を併合していったんだろうな」

「築いたのは砂の城だったわけか」


 俺とシュクケイは笑い合う。


「……こうなるって、わかってたんスか?」

「起こりうるいくつかの可能性のあったってだけだよ。だからメグ、そんな怪物を見るような目で見るのはやめてくれ」


 傷ついちゃうぞ?


「いや、ケイのダンナとセットになると、まじでちょっと怖いスよ? この人たち、世の中のことすべて見通してるんじゃないかって」


 ふうと息をついたメグが両手を広げて見せた。

 思わず顔を見合わせる俺とシュクケイ。


 メグって、けっこう本質を突いてくるよね。

 俺がセルリカに長居できなかったり、シュクケイがマスルに長居できなかったりするのは、まさにそういう理由なんだよ。


 軍師というのは、ときに恐れられるんだ。

 知謀をみせればみせるほどね。


「見えているのではなく、仕掛けているのだよ。メグよ」


 柔らかくシュクケイが笑う。






 セイロウなる人物が、どうやってムーラン王国を打ち立てたのか。

 聖者の徳によって、人々が惹きつけられたから、のはずがない。


「圧倒的な力で北方辺地をまとめたなら、その力が弱まったらどうなる? というのがこの作戦の根っこなんだ」


 みんな好きでセイロウに従っているわけじゃない。

 代々の家臣ってわけじゃないから、家に対する忠誠心だってない。

 だから、セイロウ負けるんじゃね? という可能性を見せてやった。


「つまり……心理戦はセイロウじゃなくて兵士たちに仕掛けていたってことスか……」

「そうそう。だから、どんな数で攻めてきても問題なかった。むしろ多ければ多いほど良かったんだよ」


 嫌々従っているなら、離反させるのは難しくないからね。

 数が多いほどダメージは大きいし。


 だから、三十万と読んでいたムーラン軍が十万しかいないと知って、俺もシュクケイも理解した。

 セイロウの支配力は予想より下だとね。


「負けそうだ、もうダメだ。という流言をまくプランもあったんだよ」

「順序立てて説明してもらうと、なるほどって納得スけどね」


 言葉が足りないんだと怒られた。

 これだから軍師はって。

 しょぼん。


「シュクケイさま。ムーラン軍に突撃の兆しがあります」


 喋っていたら、すいっとウキが現れた。

 こいつも、片膝をついた状態で隠形を解くという格好いい登場だ。


「そうか。ではソーシンどのにも伝えてくれ」

「御意にて」


 軽く頭を下げ、メグの腕を取る。


「シュクケイさまとライオネルさまのお邪魔をしない。仕事に戻りますよ」

「ちょっ! 引っ張らなくても判ってるスよ!」


 連れ去られていった。

 微笑ましい。


「すっかり仲良しだなあ」

「ウキとサキも、妹分ができたみたいで楽しいのだろうな」


 密偵人生だったから、友達作りとかが上手じゃないそうだ。

 うちの娘たちは、誰にでもウザいくらいに絡んでいくから、仲良くなってくれると良いね。


「さて、そろそろ最終局面が近いな。母上」


 こほんと咳払いし、シュクケイが戦況の方へと意識を戻す。


 戦闘開始から半刻(約一時間)ほど、ムーラン軍はなにもできずに崩壊の危機にある。

 実際には全軍の一分程度の損害すら出ていない。

 なのに、もうだめだーって空気が蔓延しつつあるのだ。


「力ずくで事態の打開を図る。セイロウはそうやって王になったんでしょうしね」

「だな。そしてその判断はあながち間違ってもいない」


 強引でにでも自分たちのペースにする。

 たしかにそれは間違ってはいない。


「諸刃の剣ですけどね。決断って」


 その型にはめれば勝てるって戦法を持つのは悪いことじゃない。だけど危険なんだ。

 どうしてもそこに持っていこうと無理をしてしまうからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る