第306話 小さな匙だから掬えるものもあるんだ
国が国として最初にやらないといけないことはなにかっていったら、まずは国境線を決めることである。
「なんで? 困ってる人を助けることじゃないの?」
納得できないって顔のアスカだ。
「その困っている人が、自国の人間か他国の人間か、それを決めるのが国境線なのさ」
線の内側にいる人は自国民だから保護すべき対象だし、税金を徴収すべき対象なんだ。
「なんかフケンゼン!」
むうっと頬を膨らます。
そういうなって、大事なことなんだからさ。
手を差し伸べたあとで「なんでうちの国の人間を勝手に助けてんだよ。内政干渉じゃねえか。賠償金をよこせ」なんて脅しつけてくる国もあるんだ。
国と国との関係なんて、しょせんは利害で成りたってるからね。
正義より人道より、まずは利得なんだ。
「だから母さんはどこの国にも所属しないんですよね。西に困っている人がいれば駆けつけて手を貸し、東に泣いている人がいれば飛んでいって助ける。それができるのもフリーな立場だから」
くすくすと、歌うようにいったミリアリアが笑う。
『希望』に国境なんか関係ないって。
ちょっとやめてよ。照れくさいじゃない。
「そこまで考えていたわけじゃないんだけどな」
頭を掻く。
現実を見ればさ、個人より国の方が救える人の数はずっとずっと多いんだ。
だけど、
こればっかりは仕方がない。
「国とか領主とかが救いきれなかった人たちを助けられたらいいなって思って冒険者になったんだよ」
俺も、ルークもね。
そうやって立ち上げた『金糸蝶』だけど、いくつもの成功をおさめ大きくなっていく過程で、やっぱりどこか歪んでしまったんだよな。
困っている人を助けることより、ルークは自分の贅沢や楽しみの方が大事になっていった。
組織そのものが理念より営利に傾いてしまった。
それはちゃんと彼の手綱を握れなかった俺の責任でもある。
本当になにやってんだろな……。
「うひゃひゃひゃ!? な、なにをするんだメイシャ!!」
考えている途中で脇腹をくすぐられ、変な声を出してしまう。
「難しそうな顔をしておりましたので、お腹でも痛いのかと思いまして」
しれっと答えるメイシャ。
お腹が痛いときにするのは、たぶん難しそうな顔じゃない。
あと、お腹が痛い人の脇腹をくすぐっちゃいけません。
なんて文句を言ってやろうと思ったんだけど、メイシャの輝くような笑顔を見てしまうと、そんな気すら失せたしまう。
判ってるよ。
考えすぎるなってことだよな。
ともあれ、セルリカとしてはきちんと国境線を引くってのが、ひとつの目的になる。
それが対ムーラン外交の最初の一手だから。
北方辺地に乗り込んでムーラン王国を滅ぼそうって考えはセルリカにはないし、そもそも不可能だ。
侵略戦争って、じつはけっこう難しいんだよね。
圧倒的な国力差、戦力差があっても、簡単には成功しない。
ものすごい頑強に抵抗されるから。
二ヶ月もあれば首都を占拠して城下の盟を誓わせることができるだろうって腹づもりで進行したのに、抵抗が予想以上に激しくて計算が狂ったなんて話、珍しくもなんともない。
で、泥沼の長期戦になるんだよな。
攻め込んだ国も攻められた国もぼろべろに疲弊しちゃって、周辺には難民が溢れて、待っているのは滅亡だけ、なんて状態になってしまった例もあるんだよ。
もちろんシュクケイだってそういう事例を知っているから、無謀な侵略戦争なんてやるわけがない。
反対にムーラン王国がどう考えてるかっていうと、まだ見切れていない部分も多いんだ。
セルリカ全土を支配したいのかどうかすら判らない。
だから一戦して叩きのめす必要があるんだね。
「ぼこぼこにしてからぁ、話を聞こうじゃないかって手を差し伸べるのぉ」
締まらない顔で皮肉を飛ばすサリエリだった。
俺は両手を広げてみせる。
こればっかりは仕方がないことだからね。
ムーランはもう何度も攻め込んできては略奪を繰り返してるんだ。そんな相手に対して、無原則に寛大な笑顔を見せるわけにはいかない。
舐められるだけだもの。
「まずは力の差をはっきりと見せつける必要があるんだ」
「舐められたら終わりって、スラムのチンピラと一緒スね」
メグが身も蓋もないことを言う。
実際その通りなんだ。
こっちが実力を示さないと、かりに交渉のテーブルについても過大な要求をされるだけ。
そうだな……、マスル王国とかつてのダガン帝国の関係が判りやすいかな。
マスルと魔王イングラルを舐めまくっていたダガンは、金を貸せ金を貸せ、返さないけど金を貸せって、無茶な要求を繰り返していたでしょ。
あれって、自分たちはマスル建国に際しての貸しがあるから絶対に攻められないって思っていたからなんだ。
それが結局、ダガン帝国って国の寿命を縮める結果になってしまった。
魔王イングラルは寛大な御仁だけど、我慢の限界ってもんがあるから。
「つまり、ムーランがダガンくらい愚かだったらやばいってことじゃないです?」
「その通りだ、ミリアリア。だから先に一戦して、絶対に勝てないって思い知らせる必要があるんだ」
鞍上、俺は遠くカトン平原の北を見晴るかした。
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