第305話 竜珠と鳳翼


 十日ほどの行軍でトロンコの街に入る。

 さすがは大セルリカと名乗るだけあって街道はちゃんと整備されているし、宿場街も立派なものが多かった。


 ただ、やっぱり北方辺地に近づくに従って人々が元気なくなっていくね。

 トロンコの街も人も、やっぱり疲れた印象だ。


「来援、感謝いたしますぞ。軍師シュクケイどの」


 胸の前で拳と手のひら合わせるセルリカ独特の敬礼で迎えてくれるのは、トロンコを含んだこのあたり一帯の太守で、ソーシンという人物だ。


 俺たちの感覚だと、領地と爵位を持った貴族って感じかな。

 強い髭を蓄えた人物で、頬を走る一本の傷痕が武辺を体現している。


「こちらはライオネルどの。マスル王国からの助っ人だ」

「なんと! ふたたび竜珠と鳳翼が揃うというのか! これは勝ったも同然ですな!」


 がはははは、と呵々大笑するソーシン。

 竜珠とか鳳翼ってなに?


「市井に流布するサーガさ。ドラゴンの宝珠やフェニックスの翼のごとき知略をもった大軍師なんだそうだ。俺と母上は」


 きょとんとしている俺に、シュクケイが苦笑しながら説明してくれる。


 竜珠ってのはシュクケイのことで、鳳翼ってのは俺のことなんだそうだ。

 で、どちらか一方でも手に入れることができれば、天下に号令することが可能になるって。


 隠遁した賢者が語ったんだってさ!

 まーた吟遊詩人たちがてきとーなことを歌ってるなー。


 しかもシュクケイは皇帝リセイミの右腕として大活躍しているからね。歌に真実味が増すって寸法だ。


 ほんっとな、あんまり適当なことを歌ったら罰金をとるとか、そういう法律ができないかしら。


「何人にも縛ることができぬ鳳凰の翼。ただ友の危機には必ず舞い降りる。叙事詩の通りですな。お会いできて嬉しいですぞ。軍師ライオネルどの」

「小っ恥ずかしいんで、へんな称号は省いてくださいよ。ソーシンどの」


 差し出された右手を笑いながら握り返す。

 うしろで、にまにま娘たちが笑っている。ていうか、あいつらもきっと適当なヒロイックサーガになってるぞ、きっと。


 未曾有の国難を救った二十四星とかいってたもの。

 そもそも数が合ってないよね。


 アスカ、コウギョク、ミリアリア、コウ、メイシャ、ウキとサキの姉妹、メグ、スイとメイの双子剣士、サリエリ、商人のアキ。

 俺とシュクケイを入れても十四人しかいないじゃん。


 まだ加入していなかったユウギリを足しても十五人だ。


 足りない分は、なんか流浪の楽師とかドラゴンナイトとか、格好いい人物が創作されてるらしいよ!






 現状、トロンコの街までムーラン軍は迫っていない。

 だけど国境近くの名もない町や村は、けっこう損害を受けているらしい。


「家や畑を捨てて逃げろと命は出しているのだがな。やはり慣れ親しんだ故郷は簡単に捨てられないらしい」


 とは、ソーシンの説明だ。

 やっぱりムーランはこっちの動きを読んでるね。

 密偵とかも放っているだろうし。


 トロンコを奪い、まずはここを侵略の拠点にするつもりだ。

 そして南のチョランの都を目指し、手中に収める。


 そこまで至ればセルリカは選ばなくてはいけなくてはなる。総力戦か、多少不利になっても和平条約を結ぶか。


 前者なら最終的にムーランは滅びるだろう。

 しかしセルリカも大ダメージを負う。

 再建の目処が立たないほどの。


「俺たちとしては、そうなる前に手を打たないといけない」


 シュクケイがぐるりと室内を見渡す。


 作戦会議の席上だ。

 ソーシンを含めた太守軍の幹部たちと、シュクケイが率いる皇国正規軍の幹部だ。


 二つの軍が混ざっちゃったら連携が上手くいくかなって心配したけど、まったく問題なかった。

 ソーシンをはじめとして、全員シュクケイの差配に従うことを承知している。むしろ嬉々として。


 さすが救国の英雄ですなー。


「ゆえにここで一戦しセイロウの心胆を寒からしめる」


 ぴっと指揮棒でテーブルの上の地図を指し示す。


 カトン平原。

 トロンコの北におおよそ十五里(四十五キロメートル)。だいぶセルリカ国内に入っている場所だ。

 ぶっちゃけ、ここを抜かれちゃったらあとがない。


「危なくないですか? シュクケイどの」

「危険度はたしかに高いが、その分こちらの補給線が短くて済むからな」


 それはたしかにそうだ。

 セルリカ軍はトロンコの街からどんどこ補給を受けられるけど、ムーラン軍は長駆して戦場に至るのである。


 持ってきた食料とかも不安だろうし、近隣の町や村から略奪するといっても限界はあるからね。


「あ、強制的に避難させるつもりですね?」

「巻き込まれて死ぬというのは、あまりにも馬鹿馬鹿しいからな」


 トロンコから国境までの町や村に住む人々のことだ。


 逃げなさいという指示ではなく、逃げろという命令を出す。

 逆らったら棒とかでぶっ叩かれるくらいのことはあるだろう。


 先祖伝来の土地だとか家財があるとか畑が心配だとか、そういう理由は一切合切無視。


「戦後補償については宰相として約束する。とにかく今は命が大事だ。逆らったらチョップして良いから、とにかく避難させろ」


 笑いながらの指示だが、太守軍のうち三千名が動員されるから本気度がうかがえるだろう。

 この人って民を死なせたくないんだよね。


 

 

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