第304話 軍師どもの悪だくみ


 軍というのは基本的に街道に沿ってしか移動できない。

 数が増えれば増えるほど、それは顕著になる。


 鈍重な輜重隊とかも連れてるからね。そういうのに山越え谷越え森越え行軍しろっていうのは無理な話だ。


 無補給で山の中に潜伏しながら進むなんて、せいぜい数人で限度。

 そんなのは軍隊とはいわないし、できることは奇襲くらいだ。


 ごく少数の部隊で崖を駆け下りて敵本陣を奇襲した、なんてエピソードも歴史上にはあるんだけどね。

 最初からこれをやろうって人は、少なくとも軍師じゃない。


 誰もが負けると思っているような状況からの一発大逆転。そりゃあ話としては面白けどね。

 ギャンブルなんてしない方が良い。勝ち易きに勝つってのが基本中の基本だ。


「つまり、この六つの都市のどこを狙ってくるかでムーラン王国の戦略構想が判るってことですか?」

「そういうこと。上策はトロンコの街を攻略占拠することだな。ここからならチョランの都も射程に入るし」


 大セルリカ皇国第二の都であるチョラン。じつは王都にするならこっちのほうがずっと向いてる。


 ラキョーみたいにだだっ広い縄張りじゃないし、大都市として必要なものはちゃんと揃っているし、街壁だけじゃなくてちゃんと堅牢な城もあるから。


 ストレートにリーサンサンとかガイリアシティに近い感じだ。

 守るも攻めるも、拠点にできる都市なのである。


「ここを抑えられると、一気にセルリカは苦しくなるんだ」


 絶対に失ってはいけないポイントのひとつだ。


 トロンコを獲りにくるってのは、その狙いがあるってことを婉曲的に示すことになり、敵の構想の一端が見えることになる。

 端倪すべからざる相手だな、と。


「それでは下策はなんですの?」

「キョチの街をとって、そのままラキョーを目指すことかな。短期決戦の手だ」


 メイシャの問いに答える。

 一見、すごくいい手に見えるんだけどね。


 キョチからラキョーまでは一本道だ。途中にコロウ要塞とかあるが、大兵力で一気に皇都を陥落させ、城下の盟を誓わせることができる。


「全部うまくいけば、な」


 キョチ占拠に手間取る可能性、コロウ要塞を陥とせない可能性、国境からラキョーまで長躯する際の補給の問題、数え上げたらきりがないくらい問題点だらけなんだ。


 近視眼的に皇都をねらうぞーなんて考える連中だったら怖くもなんともない。


「六ヶ所をまったく狙わないでぇ、ひたすら国境に近い町や村を襲い続けるってぇ手もぉ、あるけどねぇ」

「持久の策だな」


「いやがらせ戦法ともいぅ~ ネルネルが得意なやつぅ」

「ほっとけ!」


 ただ、サリエリが挙げたのは戦略的にはあまり意味がない。

 ただ鬱陶しいだけで、セルリカという国そのものへのダメージとしては小さいんだ。

 襲われた町や村の人たちは業腹だろうけどね。


「ムーラン王国って国を打ち立てたほどの人物が、そんなしょうもない手を取るとは思えないけどな」

「それを確かめるために当たってみるんでしょぉ~」


 のへーっと笑うサリエリだった。






 翌日から竜華宮で歓迎の宴が三日も続き、贅を尽くした料理に辟易してきたところで、兵の準備が整ったと連絡が入った。


 宰相シュクケイが率いる五千の軍に、俺たち『希望』が随行するって体裁である。


 実際のところは、シュクケイの副将として俺もいろいろ指示を出すことになるだろう。

 サリエリあたりには、千名程度の部隊を指揮してもらうことになるだろうし。


「目標、トロンコの街! 全軍進発!」


 凜としたシュクケイの声が響き、整然と五千の軍勢が動き出す。

 一糸の乱れもない行軍で、普段からよく鍛えられている兵士たちであることがうかがえた。


 きっとコウギョクにびしびしやられたんだろう。

 そりゃ強くなるってもんだ。


 おっかないお姉さんの双璧だからね、あの人。俺の内心評価で。

 ちなみに、もう一人は豪腕アレクサンドラ。

 本当はもうひとりいたんだけど、その人はもう鬼籍に入ってしまったから。


「さてシュクケイどの。敵は食いつきますかね?」

「どうだろうな。こちらの意図は読めると思うが」


 俺の質問に、轡を並べたシュクケイが肩をすくめた。


 トロンコの防衛はセルリカにとって最も重要なことである。それは裏を返すとムーラン王国にとって最もやって欲しくないこと。

 これまで散発的な襲撃を続けてきたのは、こちらに守るポイントを絞らせないためと読んだ。


 というより開きなおったというのに近い。

 国境すべてを守ることはできない。

 であれば、絶対に守らないといけない場所に集中してみる。


 隙を作るのではなく、お前らの考えは読めているぞというアピールをするのだ。

 それでもなお無意味な襲撃と略奪を繰り返すなら、こちらとしても別の計算用紙が必要になってくる。


「北方国境にどかーんと城壁を作ってしまおうかってプランもあるんだ」

「八千里もあるんですよ? 正気ですか?」

「八千でも一万でも同じさ。公共事業だと思えば、庶民に働く場所も提供できるしな」


 スケールがでかすぎる。

 一年に二里(約六キロメートル)ずつ造っていったとしても、完成するのは四千年後だ。


「それならまだ北方辺地に攻め入って蛮族を根絶やしにするって方が現実的な気がしますね」


 それだってたいがい現実的じゃないけどね。

 相手の本拠地すら判らないのに。


「もっと現実的なプランもあるぞ、母上」

「ちゃんと国として、修好条約を結ぶことですね」


 今回の出兵は、ムーラン王国のセイロウとやらを交渉のテーブルにつかせるための方策なのである。

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