第303話 部屋に戻るとやつらがいる


 シュクケイとのささやかな酒席のあと、与えられた客室に戻ると娘たちがたむろしていた。

 うん。そんな気はしていたよ。


「自分の部屋で遊べよな。おまえら」


 四十室も部屋があるシュクケイの屋敷である。高級ホテルかってレベルだよ。


 当たり前のように娘たちには個室が与えられているし、世話をする雑役のものもついている。

 歓待されすぎて落ち着かないわ。


「部屋に帰って一人だったら寂しいかとおもって!」


 元気いっぱいにアスカが言うけど、一人住まいの男性諸氏を敵に回すような発言をするなよ?

 いや、そうでもないか。


 部屋に戻ったとき誰もいないのと、女の子が六人も待ち構えているの、どっちがマシだろう?

 なかなかのテツガクだ。


「またどうでも良いことを考えてますね? 母さん。シュクケイさまとどんな話をしてたんですか?」


 ミリアリアが笑いながら訊ね、アスカ以外のメンバーが頷く。

 皇帝リセイミは話したのは概略っていうか、謁見の間で話して良いことだけだからね。実務的な部分は俺とシュクケイで詰めていくことになる。


 戦うのか、それ以外の方法か。

 攻めるのか、守るのか。


 どういう方針にするのか決まったならちゃんと教えなさいってことだろう。

 ただ、それはちょっと買いかぶりすぎだ。


 シュクケイが手を焼くような相手だよ。いきなり俺が冴えた一手を打てるはずがない。

 だからまあ、まずは様子見だ。


「とりあえずは一当たりしてみようってところかな」

「ふつうの方法だねぃ。天下の名軍師がふたりもそろってぇ」


 のへのへっとサリエリがからかってきた。

 こいつ、判っていて言ってるから性質わるいよなぁ。


「相手の情報をちゃんと集めておかないと、勝てる戦いも負けてしまうからな」


 俺は両手を広げてみせる。

『希望』として初敗北を喫したのが、このセルリカの地だからね。

 そしてその相手はシュクケイとその仲間たちだからね。


 純粋な戦力の比較なら、俺たちの方が圧倒的に強かったんだ。魔法戦力が三人もいるんだから。

 対してシュクケイ陣営なんてコウギョクと強弓使いのコウくらいだよね。ものすごい強い人なんて。


 でも負けた。

 それは俺が相手の戦力をちゃんと把握していなかったから。


 完全な読み負けである。

 娘たちにはまったく責任がない。


「次は負けないスよ。ウキとサキの双子も、オレひとりで仕留めてやるス」


 でも、メグあたりは息巻いてる。

 責任を感じてるんだろうな。自分が捕まったから負けたって。

 俺はすっと手を伸ばし、メグの栗色の髪を撫でた。


「お前の責任じゃない。俺の作戦指揮がまずかっただけだ」

「ネルダンさんがミスっても、そこをカバーするのがオレたちの役目スから」


 すると、なんか照れたような顔でそんなこと言いやがった。

 メイシャもミリアリアも、ユウギリやアスカさえも笑いながら頷く。





「ネルママの指示通りに動けばいいって、前はそう考えておりましたわ」

「ですが母さんだって人間です。間違うこともあるってようやく気がつきました」


 メイシャの言葉をミリアリアが引き継ぐ。

 改めていわれると傷つくじゃん。

 ちょっとやめてよ。


「だから、みんなで話し合って決めたんだ! カバーしあおうって!」


 アスカが締め、メグも大きく頷いた。


 それこそがチームの心得だ。

 誰か一人に頼り切らない。

 ミスがあったらカバーしあう。


 ものすごく大事で、でもものすごく難しいんだよな。

 それに気がついたってのは、みんな成長したなぁ。


 嬉しいような、ちょっと寂しいような。


「ぅんぅん。良いチームだねぃ」

「はい。成長が眩しいです」


 のへのへと笑うサリエリと、ゆったりと自然な笑みのユウギリ。

 すごく親目線だけど、あんたたちもけっこう成長してるのよ?

 でも自分の成長なんて自分じゃ気づかないからね。


 俺だって、まだまだ伸びしろはあるんだぜ。老いては子に従えなんていう年齢じゃない。

 あと十年や十五年は第一線でやれるって。


「おじぃちゃん。肩揉んであげるよぉ」


 だからサリエリさんや、庭先でねこと遊んでいる爺さんみたいな扱いをしないでくれ。


「ばぁさんや、めしはまだかのう」

「さっき食べたでしょぉ?」


 おかしな遊びをしたくなっちゃうじゃないか。


「まったまった! なんでサリーがおばあさん役なの!?」


 そしてアスカがどうでもいい部分に食いつく。

 だれでもいいやん、こんなくそ芝居。

 すーぐに、ぐだぐだな空気になるんだから。


「で、今後の動きとして具体的にはどうするんですか? 母さん」


 こほんと咳払いし、ミリアリアが本題に戻した。


「まずはセイロウとやらの戦術能力が知りたい。あと戦略思想もな」


 答えながら、俺はシュクケイから借りた地図をテーブルに広げる。

 北側の国境線が描かれているやつだ。


「これは……」

「広すぎるねぃ。まもりきれないよぉ」

「十分の一の距離でも、不可能ですわ」


 ミリアリア、サリエリ、メイシャが首を振る。

 セルリカ皇国の北側国境って、八千里(約二万四千キロメートル)以上もある。すべてを守ることは不可能だ。


 兵士を配置するにしたって百里(約三百キロメートル)に一部隊とか、そういう数字になってしまう。

 戦力としてまったく意味がない。


「ただまあ、すべてを守らないといけないわけじゃない」


 俺は地図の上にいくつかの駒を置いた。

 それは主街道が延びている街である。


「この六ヶ所。どれか一つでも陥されたら、侵略上の橋頭堡になってしまう」

 

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