第299話 慰労休暇とかはなしですか?
ごそごそとメグが荷物袋から発煙筒をとりだした。
リアクターシップ『フォールリヒター』を呼び寄せるためのアイテムで、いつだったかドラゴンゴーレムを倒したときにも使ったやつである。
この煙を目印に飛んでくるらしい。
ものすげー遠くから見えるわけもないから、どこかで遊弋しながら観察してるんだろうね。
そもそも偵察と輸送こそがリアクターシップの本領だし。
防御魔法をまとって敵に突っ込む、なんてやっちゃいけないんだよ?
「さすがにやばかったですね。母さん」
地面に座って休んでいると、ミリアリアが歩み寄ってきた。
彼女は比較的元気な方だ。
アスカとサリエリは芝生にへたばっているし、彼女らの治療を終えたメイシャはおやつの補給に忙しい。
メグとユウギリはダメージこそないものの、隠形したり曲射したりと忙しかったからね。
「業腹だけどハスターがこなかったら負けていただろうな。ルターニャの七百が数を削ってくれていたのも勝因だ」
たしか二匹くらいタティアナどのたちが倒したんだよな。
ほんと、やばいくらいの強さだよ。ルターニャの七百は。
過去形で語らないといけないのが残念でたまらない。
「ハスターですか。気になることを言ってましたよね」
「こなくていいのになぁ」
「最初に言っていたのが一、二年。そこから一、二年延びるとして、最短で二年、最長で四年ですか」
備えなくてはなりませんねとミリアリアがやや深刻な顔をした。
俺の戦術をだいぶ見せちゃったからね。
これってすごい不利なんだよ。
それこそシュクケイどのに敗北を喫したときだって、こっちの手を知られていたからだし。
それにしても四年後かぁ。
ちょっと現実感が沸かないよな。
俺たち冒険者なんて、明日死んでるかもしれないから。
迎えにきた『フォールリヒター』に乗って、俺たちはマスルの王都リーサンサンに到着した。
ガイリアシティではなくリーサンサンなのは、魔王イングラルが直接話したいと言っていたからである。
もうね、悪い予感しかしないよね。
一難去ってまた一難、きっとまた無理難題を押しつけられるんだぜ。
「希望の勇戦によって、ルターニャ兵の奮闘も報われたことだろう。礼を言うぞ、ライオネル」
「過分なお言葉、恐縮です。願わくば陛下のご威光をルターニャの民たちのためにお使いくださいますよう」
赤い絨毯に片膝をついて頭を垂れる。
言葉遣いも堅苦しいものだ。
私室にあっては友人のように接してくれる魔王イングラルだけど、ここは謁見の間だからね。
対等な口をきくなんてとんでもないし、そもそも直接顔を見ることだって許されない。
面倒な話ではあるけれど、形式とはそもそも面倒なものである。
今回はマスル王がガイリア王を介して依頼した仕事だから、報酬だけぽんと渡しておしまいってわけにはいかないんだ。
ただまあ、マスル王が直接労うってのはちょっとアレなんだけどね。でもイングラル陛下でなかったら玉座の上にいるのがロスカンドロス陛下だってだけで、べつにたいした違いはない。
「相変わらず欲のないことだな」
「私自身は充分に報われていますので」
一介の冒険者には過ぎた名声を得ている。金銭的にも、たぶん孫の代まで人並み以上の暮らしができるくらい貯蓄がある。素敵な娘たちもいるし、頼りになる気の良い友人たちもいる。
これ以上望むのは、いささか強欲すぎるだろう。
それより、イングラル陛下の強大な力は難民となってしまったルターニャの民のために使ってもらった方が良い。
彼らが一日も早く故郷に戻り、これまでの生活を取り戻せるように。
「内政干渉にならない範囲で、という条件付きだが約束しよう。タティアナどのへの手向けとしてもな」
大きく頷くイングラルだった。
「この件とは別に、ライオネルには話があるのだ。場所を移そう」
「御意にございます」
そらきた、と思いながら俺は頭を垂れる。
功績をたたえるためだけならリーサンサンに呼ぶ理由なんかないもん。
ガイリアに祝いの品でも送ればいいだけだもん。
「そんなに警戒するなって。べつに俺の部下になれとかいう話ではないから」
「つまり陛下の部下になる以上にしんどい話だってことですよね」
魔王の執務室に移動し、互いにくだけた態度になる。
ここには文武百官はいないからね。あいつは礼儀を知らないとか魔王は人間に甘すぎるとか文句を言ってくる人はいないんだよ。
「単刀直入に言うと勅使になってほしいんだよ」
「勅使、ですか?」
そんなもん、市井の冒険者を任じるような役割じゃない。
外交部局のなかでもエース級の任務だろう。
わかりやすくいえば魔王イングラルの全権代理ってことだからね。俺の言葉はイコール魔王の言葉ってことになるんだ。
開戦を宣言する権限まであるのが勅使ってもんだもの。
「ロスカンドロスどのとも話し合ったんだけどな。ライオネル以上にふさわしい人物はいないだろうって結論にいたったんだ」
にやにや笑いの魔王だ。
悪い予感が鳴り止まないよ、こっちは。
「一介の冒険者に外交なんか務まるわけないでしょうが……」
「お母さんは一介の冒険者じゃなくて、フリーの外交官だからなぁ」
「そんな謎の生物はいない」
おもわず突っ込んじゃった。
外交ってのは、自国の利益のためにおこなうんだよ。
どこにも属さないフリーの立場でできるわけないだろうが。
ほんっとに問い詰めてやりたいわ。この魔王は。
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