第298話 決着


 しゅっとメグの右手がかすみ、鶏卵が投げつけられる。

 こんなもの、当たったところでダメージなどない。


 だからアスタロトは無視すればいいのだが、こういう児戯としか思えない行動には裏があると考えてしまうものだ。

 そこは人間でも悪魔でも一緒。


 大きく避ける、迎撃する、気にせず受けるという選択肢のうち、前二つから選ぶ可能性が高い。

 そして今みたいにカッカしちゃってると、一番目は選びにくいんだよね。


「小賢しい!」


 そう叫んでソードケインを振るう。

 その瞬間、はぜ割れた鶏卵から砂が飛び散った。

 ただの砂である。


 受けたのが俺だったら、ぺっぺっきたねーなって悪態をつきながら払い落とすくらいだけで終わっただろう。

 しかしアスタロトは違った。


「ぐああああっ!? 砂にホーリーウェポンだと!?」


 ついた砂粒ひとつひとつがダメージを与えている。

 払おうとした手にもね。


 鶏卵そのものにホーリーウェポンを掛け、目くらましではなくて悪魔に有効な武器にしたのだ。


 突進中のアスタロトはもろに頭からかぶってしまい、けっこうなダメージを受けている。

 たぶん目も開けていられないだろう。


 まあアスタロトが言うように小細工なんだけどね。

 あんがいこういうのが馬鹿にできないんだぜ。


「ハスター。とどめを」

「了解したよ」


 にっと笑ったハスターが一挙動でアスタロトに最接近し、左右の手刀で存分に大悪魔を切り裂いた。

 ていうか、手刀で本当に切れちゃうって意味不明だね。


「こんな……こんな馬鹿な話が……」


 意味が判らない、という顔のままアスタロトの身体が砂に変わっていく。


 俺には悪魔の気持ちなんか判らないけれど、その疑問はもっともだと思った。


 戦場に邪神ハスターが乱入し、人間と協力して悪魔を倒す。

 作り話としても荒唐無稽すぎるだろう。


「私の仕事は終わりで良いかな?」


 ふうとおおきく伸びをしてハスターが言った。

 なんだかちょっと疲れたような表情で。


「思念体での戦闘はさすがに疲れるよ。そろそろ本体に戻ることにする」


 バァルが残ってるけど大丈夫だよね、と念押しされた。

 悪魔に心配されたよ。

 なにこの違和感。


「大丈夫もなにも、もともと俺たちで勝つつもりだったからな」

「それは頼もしい」


 にやにやと笑う。

 なんか無性に腹立つ笑顔だね。


「とはいえ、来援には感謝する」

「言っただろう。君たちを倒すのは私だ。他の連中に負けてしまうのは面白くないんだ」


 面白いということにずいぶんとウェイトを置く悪魔だね。

 享楽的というかなんというか。


「きみの戦い方もいろいろ判ったし、援軍の報酬としては充分かな」


 戦訓を拾われた。

 けど、それは仕方のないことではある。

 出し惜しみをしていられる状況ではなかった。


「思念体のまま無理をしてしまったから、地球に着くのは一年二年遅れるかもしれないけれどね」

「それは……悪いことをした……のか?」


 首をかしげてしまう。

 地球ってのは俺たちの住んでるこの場所だと思うんだけど、こないならこないで良いんだ。


 むしろこないでくださいお願いします。


「つれないことを言うなよ。また会おう、お母さん」


 ひらりと手を振り、俺の影のなかに消えてしまった。

 登場したときと同様に。


 いや、そんなことはどうでも良いのである。


「ハスター! てめえまでお母さん呼びすんな!!」


 べしべしと、俺は自分の影を叩いていた。





「アスカっちぃ、むこうは片付いたっぽいよぉ」

「つまり! もう余力を残さなくて良いってことだね!」


 視線を転じれば、サリエリとアスカの頭おかしい会話が聞こえる。

 あいつら、バァルを倒した後のことを考えながら戦ってたのか。


 アスタロト戦が残っているんだ、と。

 やばすぎるだろ。


「本気でいくよ! サリー、フォローよろしく!」

「まかされてぇ」


「剣よ示せ導きの道標! 其は我が母ライオネルの力なり!」


 いつものトンデモ発動ワードに従い、七宝聖剣が仄青い光を放つ。

 同時にアスカの瞳も。


「いくよ!」

「コイ!」


 突っ込んできたアスカをバァルが迎え撃つ。


 剣と槍がぶつか、らなかった。

 繰り出そうとした槍の軌道が最初から判っていたかのように、七宝聖剣が奔る。


 バァルの腕から血がしぶいた。

 咄嗟に首をかばったのである。

 絶対に避けられない速度と角度だったのに。


「これかわす!? きみ頭おかしい!」

「オマエ、ガ、イウナ」


 すごく不本意そうな顔のままバァルが後ろに跳ぶ。


「グァ!?」

「そしてそこには、うちがいたりしてぇ」


 腰のあたりをぶっすりと刺されて絶叫するバァルと、のへのへと笑うサリエリ。


 アスカの攻撃が致命傷にならなかったときのために、リカバーできる位置取りをしていたのである。


 これが希望のセカンドアタッカーの凄味だ。


「イーフリートぉ。たべちゃっていいよぉ」


 しまらない顔で怖ろしいことを言った瞬間、傷口を中心にしてバァルの身体が炎に包まれる。


 炎剣エフリートには炎の上位精霊が宿っていて、サリエリはそれと契約しているらしい。

 上位精霊の力ってのが俺にはよく判らないけど、大悪魔を火だるまにできるくらいだからすごく強いんだろう。


 そこに近づいたアスカが、一撃でバァルの首を刎ねた。

 七宝聖剣は光を失っているし、アスカの動きはあきらかに鈍くなっていて、さっきまでのバァルだったら絶対に当たらなかっただろう。


 未来視の力を使ってしまったから、もうへろへろである。

 先のことを考えず、バァルを倒すことだけ考えた結果だ。

 それでも一撃では倒せず、サリエリとのコンビプレイでやっつけたわけだが。


 さらさらと砂に変わっていくバァルを横目に、アスカがこちらに向かって親指を立てて見せた。


 なんとか終わったか……。

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