第300話 英雄たちの新しい仕事


 魔王の玉璽が捺された書類……すなわち魔王勅と、勅使であることを証す印章を渡された俺は、娘たちが待っているはずの王宮ロビーへと向かった。


 ええ、ええ、断れませんでしたとも。

 押し切られましたとも。


 一仕事終わったばかりなのに、また新しい仕事ですよ。

 こんなことをやっている間に、カランビット迷宮の攻略が進んでいくんだよなぁ。


 俺たちって完全に出遅れ組じゃん。

 冒険者としてどうなのよ。


「あ、ネルネルぅ。へぃかとのお話おわったのぉ?」


 広く天井も高い立派な廊下を歩いていると、正面からのへのへとサリエリが現れた。

 こいつ王宮内でもこんな感じなんだな。


 すっごくゆるい感じだけどじつは切れ者だってのは、もう隠しようがない事実なんだけどね。


「ぃぁぃぁ~ クビになってぇ、きぼぉに拾ってもらった身だしぃ」

「表向きはな」


 のへーっとした謙遜に苦笑してしまう。

 魔王イングラルにしてもピースメイカー長官のミレーヌにしても、サリエリを手放したいわけがない。


 なのに俺たちにくれた・・・んだ。

 言葉はすごく悪いけどね。


 たとえるなら、希望ホープから固ゆで野郎ハードボイルドにアスカを無償トレードするみたいなもん。

 どんだけ恩義を感じていたらそんな条件になるかって話だね。


 いくらマスルが強国だとはいえ、サリエリほどの才能をほいほいって出せちゃうほど人材畑は豊かじゃない。


「まぁでもぉ、ネルネルがぁガイリアの軍人だったらぁ、話は違ってたと思うけどねぇん」


 希望ってのは市井の冒険者クランだからね。

 どこの国に所属しているわけでもないので、条件によってはマスルの依頼を受けることもある。


 マスルとしては完全に縁が切れたわけではない。

 むしろがっちりと太いパイプで繋がることができる。


「ま、油断できない御仁さ」

「ネルネルもねぇ」


 誰とは言わずに論評したら、のへのへっと返された。

 俺としては肩をすくめるしかないね。


「他の連中はどうしたんだ?」

「アスカっちわぁ、訓練所で騎士たちとじゃれてるよぉ」


 あー。

 あいつって手合わせの申し出、絶対に断らないからな。

 バトルジャンキーだもの。


 それ以外は、城下町で買い物しているらしい。

 みんな城にいてくれたら話が簡単だったのに。





 全員を集めるようサリエリに頼んで、俺はアスカを迎えに行くことにした。

 けっしてラクをしようとしているではなく、サリエリの方がリーサンサンに詳しいし、魔力の残滓とかを探れるからだ。


 俺だとあいつらが立ち回りそうな場所に当たりを付けて歩き回るしかないから。

 まあメイシャはどうせ『食い過ぎて死ね』にいるだろうから、探すのは簡単だけどね。


「お、やってるやってる」


 そして訪れた訓練場。

 内院に設えられたそこは歓声と熱気に包まれていた。


 けっこう良い勝負をする騎士もいるけど、やっぱりアスカの強さは頭ひとつかふたつ抜けている。


 フェイントのかけ方ひとつ、踏み込みのステップひとつとっても無駄がなく、目を奪われる美しさがある。


 対戦ではなく観戦を選んだ騎士や衛士も、目をキラッキラ輝かせて見入っていた。

 それこそ少年みたいにね。


「ますます腕を上げたようだな。お前の英雄は」


 そんなことを言いながら近づいてきたのはドズル魔将軍。マスルを支える七人の将軍の一人なんだけど、魔族ではなく人間だ。


 ゆーて、七尺(約二メートル)に届こうかってほどの筋骨隆々とした大男だからね。オーガーやトロールの親戚って言われても納得しちゃうよ。


「失礼なことを考えている顔だな。ネル坊」

「二十五になった男を坊呼ばわりするよりは失礼じゃないですよ。ドズル魔将軍」


 互いに好きなことを言って握手を交わす。

 魔族の国で栄達した人間だからね。けっこう仲良くさせてもらっているんだ。


 そして魔将軍はふたたびアスカに視線を戻した。


「向かうところ敵なしだな。あの娘を倒せる者など、そうはおるまい」

「そうですか?」


 アスカを倒すってだけなら簡単だよ。


 魔法学校を出たての新米魔法使いでいい、十人くらいで遠くから初歩のマジックミサイルを撃ちまくる。

 一人頭十発も撃つころにはアスカは黒焦げになっているだろう。

 たぶん近づくことすらできずにね。


 ってことを説明すると、ドズル魔将軍ははぁぁぁっとでっかいため息をついた。

 これだから軍師はって顔で見られながら。


「これだから軍師は」

「ホントに言いやがりましたね?」


「剣士の戦いに遠くから魔法攻撃など、誇りはないのか、誇りは」

「誇りじゃ、なかなか飯は食えませんから」


 俺は肩をすくめてみせる。

 軍師ってのはありとあらゆる手段を使って勝ちをもぎ取るのが仕事だ。もちろん自ら禁じ手としている策略はあるけどね。


 でも、剣客のロマンチシズムとかはあんまり考えないかな。


「あれほどの使い手。同じ剣で倒さねば意味がなかろうに」


 反対にドズル魔将軍はロマンチシズムたっぷりだ。

 英傑の天賦は伊達じゃないね。


「ところで、ネル坊がリーサンサンにいるということは、あるいはあの件か?」


 不意に話題を変える。

 さすが王国の幹部だけあって耳が早いね。


「セルリカへの勅使を拝命しましたよ。俺、ただの民間人なんですけどね」

「お前がただの民間人だったら、俺はただの一兵卒になるな」

「そんな馬鹿な」


 ふざけたことを言って笑いあい、そろそろアスカの練習を止めるために右手を挙げた。


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