第295話 大悪魔


 ゾンビが消え、悪魔ガミジンも消滅し、『固ゆで野郎』と『葬儀屋』は回廊へと戻り、入り口前の広場には俺たちだけが残された。


「母さん。気になることがあります」


 やや緊張した面持ちでミリアリアが口を開く。


「ゾンビたちはルターニャの軍装でした。一般市民はどこにいるんでしょう?」

「ああ、俺もそこが気になっていた」


 こくりと頷く。

 あのガミジンとかいう悪魔が、戦闘力の高いゾンビだけを引き連れて俺たちを待ち構えていたとは思えない。


 そんな配慮なんか一切せず、ただの手駒として兵士も市民も一緒くたに扱ってるはず。


「だとしたら市民の皆さんはどこに行ったんでしょう? 門の外に逃げたんですか?」


 小首をかしげるミリアリア。


 そんなことがあり得るのだろうか。

 門は閉まっていたのだから、誰が閉めたのだと話になるし。


「さすがにそれはないと思うんだよな」

「いや、じつはそれが正解なのだよ。希望の軍師ライオネルよ」


 声が聞こえ視線を転じれば、政庁へと続く大通りを男が歩いて近づいてくる。

 立派な服をまとった紳士に見えるが、放たれる気配の禍々しさは吐き気すらおぼえるほどだ。


「……ネルママ、かなり高位の悪魔ですわ」

「……だろうな。気配からしてかなりやばい」


 後ろからささやくメイシャに応える。

 ダゴンと対峙したときよりヤバい感じだ。


「我々は五人でこの街を襲ったのだがね。なんとルターニャ兵たちが我々を足止めし、その隙に民を逃がしたのだよ」



 五十歩ほどの距離をおいて立ち止まった紳士っぽい悪魔が説明する。


 悪魔五人はこのミノーシルから地上に現れた。

 ラクリスと繋いだだけでなく、ダンタリオンがなにか仕掛けを作っていたということなのだろう。

 ろくな事しないよな。


 ともあれ、悪魔五人ってのはやばい。普通にやばい。

 一万都市のルターニャが余裕で皆殺しになっちゃうレベルだ。


「元首タティアナといったな。彼女が中心となって堅く守り、町の外に民を避難させたあと、門を閉ざしたのだ」


 そして残ったルターニャの七百が奮戦する。

 右に戦い左に守り、前に進み後ろに退き、なんと悪魔を二体も倒した。


 とんでもない戦果である。

 カイトス将軍とキリル参謀が率いるガイリア軍の精鋭の戦果だって、悪魔の撃退数は一だ。


 魔法使いなどがいない通常の歩兵だけで悪魔を撃退とか、誇張だろうと疑うレベルである。

 だが、一騎打ちの末にタティアナが討ち取られ、ルターニャの七百は最後の一兵まで戦って果てた。


「あれほど見事な死に様を、我は見たことがなかった」


 賞賛を言葉に込める。

 それは畏敬といっても良いほどだったが、その後の行動と等号で結ばれない。


「だったらどうして死者を冒涜するような真似をした?」


 低く問いかけた俺に、悪魔は首をかしげる。


「ネクロマンシーのことをいっているのか?」


 心底判らないという顔だ。


「あれはただの死体だろう。魂が宿っていないのだから」

「……なるほど」


 やっぱり理解し合えないね。

 判っていたことだけど。





「さて、遅くなったが名乗っておこう。我の名はアスタロト。以後お見知りおきを」


 優雅な一礼。


 名前に言霊が乗るレベルの悪魔だということは判っていた。

 備えていた。


 しかし、俺は地面に膝を突いてしまう。

 俺だけでなく、アスカ以外の全員がその状態だ。


「ルターニャに殺されたのは、エリゴスとマルコシアスという。どちらも勇敢な強者だった」


 軽く目を閉じて哀悼を捧げるアスタロト。

 こっちは立て続けに悪魔の名前を聞かされてへろへろだ。

 まじで勘弁してくれ。


 来歴は知らないけど、こいつらも名前に言霊が乗るクラスの悪魔だったんだろう。

 よく倒したよな。タティアナたち。


 比較すると、ガミジンなんて小物くさく感じるよね。

 まったくそんなことはないんだろうけどさ。


「そして、こちらはバアル。英雄タティアナを倒したものだ」


 アスタロトの紹介で、小路から屈強な戦士が姿を現す。


 こいつも上位の悪魔っぽい。

 気を失ってしまいそうだ。


 事実、メグとユウギリは完全にグロッキーである。


 アスカだけが、なお揺るぎなく佇立し、悪魔どもと対峙していた。

 あ、いや、揺るぎなくはないか。


 握った拳は震えているし、頬を伝った汗がぽたりぽたりと垂れている。


 強がっているんだよな。

 悪魔になんか絶対に膝をおらないって。


 俺だって負けていられない。


 笑いそうになる膝に気合いで力を込め、なんとか地面を踏みしめて立つ。

 メグはミリアリアに、ユウギリはメイシャに肩を借りながら、なんとか体勢を立て直した。


「よしよしいぃ、みんな元気になったねぃ」


 サリエリの声は俺の真後ろから聞こえた。


「お前は平気なのか?」

「ネルネルを盾に使ってたからぁ」


 ひどいこといわれたよ。

 でも、全員がいっぺんに戦闘不能になるって状況を避けるためなんだろうな。きっと。

 このクレバーさが、サリエリのサリエリたるゆえんだ。


「キサマが、アスカ、だナ?」


 たどたどしい大陸公用語で、バアルと呼ばれた悪魔が語りかける。

 アスタロトの方は理知的な感じなだけに、野蛮人っぽさが際立つな。


「タティアナ、いってイタ。キサマ、十バイ強いト」


 黒っぽい瞳が、戦闘衝動に爛々と輝いている。


「そう! そして君に比べたら! 二十倍強いよ!!」


 すらっと七宝聖剣を抜きはなって言い切る。

 お前なんかタティアナよりずっと弱いんだぞ、と。


 俺は大きく息を吸い、吐き出した。


「二匹はルターニャの七百が、一匹はマリクレールとアンナコニーがやっつけてくれた!」


 一度、言葉を切る。


「俺たちの持ち分はたったの・・・・二匹! 余裕だな! みんな!!」

『OK!!』


 仲間たちが一斉に唱和した。



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