第294話 悪いけど怒ってるから
降っていたはずがいつの間にか昇っており、俺たちはミノーシル迷宮の出入り口近くにいた。
このダンジョンの所有権は、じつは希望が持っているんだよ。
まあ、回廊になってしまったから、そんなものを主張しても仕方がないんだけどね。
それ以上に、所有権を認めてくれた都市国家ルターニャが、どうやらダメになってしまったっぽい。
つまり、所有権自体が消滅してしまったってこと。
俺たち自身は一回しか潜ってないのにな。
「もったいなかったですね。母さん」
「ダンジョンなんかより、もったいないのは人の命さ。ルターニャには友誼を結んだ連中がいっぱいいる。俺の弟子を自称する少年兵たちもいたんだ」
ミリアリアの言葉に、俺はため息をついた。
俺と出会ったころの三人娘より、さらに幼い子供たちである。
祖国ルターニャを守る兵になるのだど瞳を輝かせていたのをよく憶えている。悪魔との戦いで散ったというのは心が痛い。
襲いくるモンスターは、『固ゆで野郎』と『葬儀屋』が危なげなく倒し、俺たちはふたたびルターニャの地を踏んだ。
そして、嬉しくもなんともない出迎えがあった。
ぞろぞろと不気味な行進。
どういう原理か、まだ腐り出してはいないけれど、あきらかに生者の顔色ではないし、動きがまるで壊れた
ゾンビである。
中心部には青い馬にまたがったタティアナがいた。
いや、タティアナだったもの、か。
他にも、俺にとっては見知った顔がいくつもある。
「……本当はな、心のどこかで期待していたんだよ。人質でもなんでも良いから、みんな生きている、と」
ぽつりと呟く。
可能性は低いと思ってはいたさ。
一分どころか一厘もないだろうって判っていた。
「けど、ゾンビにされて使役されるなんてのは予想の下すぎるぜ」
「お前たちも、このガミジンの軍列に加えてやろう」
タティアナ……ではなく、彼女が乗っている馬が喋う。
嘲笑混じりに。
そうかそうか。お前の仕業か。
話が早くて助かるよ。
俺が腰の月光に右手を添えると同時に、なぜか『固ゆで野郎の』マリクレールが一歩前に出た。
いやいや。お前さんがたの役目はもう終わっただろう?
「……イザークもピリムも、ティカもアリアも、皆ちいさいながらも立派な戦士だったわ。英霊たちをこんなもてあそんで……恥を知りなさい! 悪魔野郎!!」
ぶんと
ホーリーフィールドだ。
聖句を紡がないで発動させたのか。
「英霊たち、せめて安らかなまどろみを」
ターンアンデッドの柔らかな光がゾンビたちを包む。
同時展開だと!
うちのメイシャですら展開にはわずかな時差があるのに、一方を無詠唱で発動させたことによって完全な同時発動を可能にしたのか。
浄化され、至高神の御許へと導かれていくルターニャの勇者たち。
天へと昇るその表情には感謝が浮かんでいた。
一気に二百以上のゾンビを消し去るなんて、さすがマリクレールだ。ガイリアの至高神教会が設立以来初めて、在野ながらに
が、まだガミジンとかいう馬とタティアナのゾンビは健在だ。
さすがに堅いな。
「あたしは、ネルほどルターニャに思い入れがあるわけじゃない。滞在してたのも一ヶ月くらいだしね」
すっとアンナコニーが、マリクレールの横に並んだ。
元『金糸蝶』所属で、いまは『葬儀屋』に籍を置いてる魔法使いである。
「でもね。あのちびたちは良い子たちだった。良い子たちだったんだよ」
そういって杖を身体の前に出す。
ミリアリアが持っているフェンリルの杖のような、ものすごいマジックアイテムじゃない。
魔法学校を出たての魔法使いが使うような、ありふれた杖だ。
「あんたを殺す理由としては充分さね。
轟! という音とともに、世界が燃え上がった。
そうとしか表現できないほどの炎が、ガミジンたちを包む。
「
ミリアリアが大きな目をさらに丸くする。
いや、俺も驚いてるよ。
こんなすごい魔法を使えたのかよ、アンナコニー。
いっつも初級の魔法を上手に使って状況に対応してたってイメージだよ。
「使えないのと使わないのはまったく違うよ。ミリアリア。必要もないのにでかい魔法なんか使っても意味がない」
「アンナコニー先輩……」
「魔法なんてモノは道具さね。つぎつぎと立派な道具を買うより、いま持ってる道具を上手に使いこなしな」
「はい!」
ニコッと笑ってみせるアンナコニーに、目を輝かせてミリアリアが頷いた。
「さあネル、道は開いたよ」
「ここからは『希望』の出番よ」
アンナコニーとマリクレールがするすると後ろに下がっていく。
俺たちの力を温存するために無理をしてくれたんだよな。
先のことを考えないで、でかい魔法を使って。
「百万の感謝だ。ふたりとも」
「帰ったら、またカレーライスを食べさせてね」
「もちろんネルたちのおごりでよ」
軽口を叩きながら回廊へと入っていた。
戦場に視線を戻せば、もうゾンビは全滅している。
五百くらいもいたのにな。
そんななか、馬の姿をした悪魔がよろよろと立ち上がった。
「きさまら……」
なにか言おうとしたのだろうか。
しかしその言葉は最後まで紡がれることなく途切れる。
数間の距離を一瞬で詰めたアスカによって、一撃のもとに斬り伏せられたから。
身も蓋もない最後である。
「悪いな。うちのエースは、速いんだ」
冷たい手向けの言葉を、俺は悪魔に吐き捨ててやった。
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