第293話 それは要請というより


「マスル王イングラルよりの直々の懇請だ。ラクリスミノーシル回廊を使ってルターニャに潜入し、事の真相を究明してほしい、とな」


 厳かにロスカンドロス王が告げる。

 その顔はお世辞にも上機嫌とはいえなかった。


 まあ、火中の栗を拾わせられるわけだからね。

 ルターニャの七百なんて呼ばれるくらいに、ルターニャ兵は精強なんだ。それが全滅か、あるいは近い状況になってるってことだもん。


 危険度はかなりのものだよね。

 だからこそ、送り込む戦力は最精鋭のなかでも飛び抜けた最精鋭じゃないと意味がない。


 二次被害が出てしまうだけだ。

 そして対悪魔戦闘では、抜群の実績をあげている冒険者クランがガイリアにはある。


「まあ、俺たち以上に悪魔を殺してるやつって、滅多にいませんよね」

「マスルから我が国に対する謝礼は、これだけだ」


 ロスカンドロス陛下が、テーブルの上に紙を滑らせた。

 受け取った俺は肩をすくめ、サリエリが下手くそな口笛を吹く。


 書かれていたのはガイリア王国の年間予算の一割にも達しようという金額だった。


「気前の良いことで」

「それだけ危険度が高いということだろうが」


 おどけようとした俺にかぶせて、国王が鼻息を荒くする。

 マスルは金満国家だが、無原則に金を配るような真似はしない。希望を動かすべきだと考えたのだろうし、あるいは俺たちを失うかもしれないって考えたからこその謝礼額だ。


「本当はな、ライオネルよ。突っぱねてやりたいのだ。こんな依頼」

「だが、国力差を考えるとむげにもできんからな」


 王と将軍が口々に言う。


 四ヶ国同盟の宗主国だからね。マスルって。

 非常に下世話な言い方をすると親分だ。ガイリアもロンデンもピラン城も子分って位置づけだもの、依頼というかたちを取ってたって命令と一緒さ。


「しゃーなしですよ。逆に考えましょうよ。たかが冒険者クランひとつを売れば、国家予算の一割がもらえる、と」


 採算は大きな黒字じゃん。


「大赤字に決まっておろう。前にも言ったが、汝らの価値は百万の軍勢に勝る」


 カイトス将軍のお言葉だ。

 こういうことを面と向かって言われると、照れちゃうんだよな。


 現実に百万の軍勢と俺たち七人が戦ったら、何にもできずに負けるんだけどねー。


 まさか人間相手にフレアチックエクスプロージュンをぶちかますわけにもいかないし。





 一晩ゆっくりと休んで鋭気を養い、翌朝、俺たちはラクリスミノーシル回廊へと入った。

『固ゆで野郎』と『葬儀屋』に囲まれてね。


 ルターニャまでの露払い役として、国王陛下が雇ってくれたのである。

 護衛依頼の相場の三倍も払ってね。


 なので道中、俺たちは一切の戦闘に参加しない。

 ひたすら体力と魔力を温存する。


 そこまでやるなら『固ゆで野郎』や『葬儀屋』も一緒にルターニャの調査をした方が良いような気もするけど、悪魔が出てきた場合、それは一気に悪手になってしまう。


 やつらを相手にびびらず戦えるのって、ライノスやナザル、ジョシュアとニコル、それにマリクレールとアンナコニーくらいじゃないかな。


 他の連中は、多かれ少なかれ恐怖を感じてしまうだろう。

 こればっかりは仕方がない。


 相手は人類の天敵であり、強大な力をもっているもの。

 やべーかなって思わない方がどうかしてる。


 そしてチームに一人でもびびるメンバーが出てしまったら、そこから簡単に崩されてしまう。


「ネルと肩を並べて悪魔退治ってシチュエーションは、憧れるものがあるけどな」

「でたよ。ナザルのネル愛。そのうちおめえがネルの嫁に立候補しそうで、俺は心配だよ」


「違うぜライノス。俺がネルを嫁にするんだ。そこは譲れねえ」

「抱くのと抱かれるのじゃ、だいぶ違うからな」


 前を歩くナザルとライノスバカたちの会話である。

 蹴飛ばしてやろうかしら。


 ともあれ、ライノスにしてもナザルにしても、悪魔退治に付き合わせるわけにはいかないさ。


 どっちも団員数百人を超える大クランのリーダーだもの。

 万が一のことがあったら、団員たちが路頭に迷ってしまう。


 全員で挑む俺たちとは、そのへんがちょっと違うんだよね。


「わたくしたちは七人でひとつ」

「生還するなら全員で、そして死ぬときは一緒」

「この七宝聖剣に誓ったのだー!」


 メイシャ、ミリアリア、アスカがやたらと芝居じみたことを言ってポーズまで付けてる。


 こういうことを酒場でもやるから、変な伝説が生まれるんだって、いつ気がつくかなぁ。


「無理じゃないスかね?」

「あの子たちらしくて微笑ましいですよ」


 ニコニコ笑ってるメグとユウギリだけど、微妙に三人娘から距離を取ってるのは、同一視されないためだろう。


 気持ちは判るよ。

 近くにいたら、一緒にポーズとか取らされそうだもん。


「それにしてもぉ、戦わないってひまなのぉ」


 くあぁぁと、猫みたいなあくびをするサリエリだった。


 ガイリアのトップクランに守られてるからね。

 オーガーやノールはおろか、ヘルハウンドやミノタウロスが出てきても苦戦はほとんどない。


 ライノスやナザルほどではないにしても、一般の団員だって充分に強いんだよね。


 だから俺たちは談笑しながら歩いているだけ。

 ありがたいやら申し訳ないやら、だよ。

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