第292話 緊急の案件


「むしろなんでアイテムで悔しがってんのさ。戦果で悔しがりなよ」


 両手を腰に当て、ふんすとアイリーンが鼻息を荒くした。


「いや、そっちは素直におめでとうだよ、アイリーン。すごかったな」


 本心から感心する。


 俺たちが倒したマンティコアだって、そりゃもう強敵だった。

 バルログなんていったら、ものすごい強いのだ。


 悪魔とか邪神とか、それに近い次元である。

 希望うちだって、一瞬の判断ミスで全滅する可能性がある相手だ。


「それに勝ったんだから賞賛されるべきだろう。お茶の一杯もおごらせてくれ」

「……この天然タラシめ……」

「ん? なんだって?」


 下を向いてぶつぶついっても聞こえないのよ?

 ちゃんと相手の方を見て話しなさいって、お母さんいつもいってるでしょ。


「茶じゃなくて酒ならつきあっても」

「あ、ライオネルさん。ちょっと緊急の要件が」


 俺とアイリーンが談笑していると、ずずいとジェニファが割り込んできた。


 珍しく強引に。

 普段だったら、話が終わるまで待っているのに。


 ほんの一瞬、女同士が視線を交錯させ、肩をすくめたアイリーンが軽く手を振って去って行く。

 これからまたダンジョンかな?


 カランビット迷宮が姿をあらわしてから半月近く。

 まだまだダンジョンフィーバーは続いている。


 入り口の周辺には、商魂たくましい商人たちが露店を広げ、回復薬や食料、ちょっとした武器や防具まで販売しだした。

 まさにお祭り騒ぎ。


「で、どうしたんだ? ジェニファ」

「政庁から呼び出しです。魔術教会や教会、クランハウスの方にも使いの方が走っていると思います」


 俺たちの立ち回りそうな場所すべてってことか。

 そりゃあたしかに緊急の案件だ。


「なにか情報はあるか?」

「箝口令が敷かれているようですね。使者に鼻薬を嗅がせてもダメだったそうです」


 軽く肩をすくめるジェニファ。

 使者に賄賂を渡して情報を引き出すなんて、筋からいえば絶対にダメ。だけどどこの組織だって情報は欲しいからね。「話して良い情報」を買おうとするんだ。


 お金を払ってね。

 使者は「話して良いこと」しか言わない、という茶番である。


 けど、それすら通用しなかった。

 お急ぎくださいの一点張りだったそうだ。


「かなり深刻な話だってのは判った。行ってくる」


 ひらりとジェニファに手を振り俺は踵を返す。

 ダンジョン探索という冒険者らしい時間は、どうやら終わりらしいななどと考えながら。







 正対するのはロスカンドロス王とカイトス将軍、それにキリル参謀。

 謁見の間ではなく、小会議室のひとつだ。

 希望からは俺とサリエリが部屋に入り、他は別室で待機である。


「ルターニャの元首、タティアナどのが亡くなったそうだ」


 重々しくカイトス将軍が口を開く。

 俺は軽く息を吸い、そして吐き出した。


「戦死ですか? 暗殺ですか?」


 問いとともに。

 もし普通に病死とかだったら、緊急に俺たちが呼ばれる理由がない。


「戦死と推測されているな」

「相手はダガンですか」

「ネルネルぅ。ちょう怖い顔になってるよぉ」


 落ち着いて落ち着いて、と、サリエリが腰を叩いてくれた。

 それによって俺は、爪が刺さるほど拳を握りしめていたことに気がつく。


 タティアナは一ヶ月以上にわたって寝食を共にした戦友だ。豪放磊落ごうほうらいらくなあの性格は強く印象に残っている。

 異国人ではあるが、たしかに俺たちは友誼を結んだ。


「ライオネル。将軍は戦死と推測されると言った。この意味が判るだろう?」


 キリル参謀の言葉にはっとする。

 死んでいるのを遠望しただけ、とかそういうことだろうか。

 近づいて確認できない状況にあった、とか。


「ルターニャ自体が陥落したってことですかね?」

「じつは、それすらよく判らんのだ」


 カイトス将軍が鍛えられた太い腕を組む。


 マスル王国からの魔導通信では、都市国家ルターニャの街門は閉ざされており、郊外に戦闘の痕跡はなかったそうだ。


 しかし街の中には数百の死体が転がっていた。

 その中にタティアナのものもあったらしい。


「戦死だと推測した理由はなんですかね? 周囲に敵兵の死体が転がっていたとか?」

「それもない。彼女に限らず、あきらかに戦って死んだありさまだったのに、死体はすべてルターニャの軍装だったそうだよ」


「…………」


 無言のまま俺は腕を組む。

 そんなことあるだろうか。


「見えない敵にでも殺されたということか……?」

「インビジブルストーカーとかぁ?」


 のへーっとサリエリが言う。

 彼女が使うインビジブルの魔法の元になった精霊というかモンスターらしい。


 姿がなく気配もなく、気づいたら殺されている。だいぶやばいモンスターだけど、そもそも人間を襲うことは滅多にないんだってさ。

 どちらかといえば温厚で、姿隠しの能力も逃亡のために使うのがほとんどなんだそうだ。


「それならルターニャの件とは関係ないか」

「でもぉ、人に使役されるってケースもあるからぁ」

「可能性を捨てるなってことだな。判った」


 こくりと俺は頷いた。

 ただ今回に限っては、もっと可能性の高い相手がいる。


「見えない敵に殺されたのではなく、殺した敵が消滅してしまっただけ」

「その可能性を考えたくなくて、お母さんの知恵を借りようとしたのだがな」

「ご期待に添えず申し訳ありません」


 両手を広げるカイトス将軍に、俺は肩をすくめてみせた。


 殺すと塵芥となって消えるもの。

 人類の敵、悪魔である。

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