閑話 空前絶後


 たっと同時に踏み切るアスカとバアル。


 五十歩ほどあった彼我の距離が一瞬でゼロになり、七宝聖剣と槍が衝突する。

 そして一合で二人は飛び離れた。


「やるね」

「キサマ、こそ」


 次は慎重に距離を測る。


 と、不意にアスカが横に動く。


 ブラインドになる位置から、炎剣エフリートが突き出された。

 短い攻防の間に距離を詰めたサリエリの仕業である。


 すぐ後ろにサリエリがいると思うから、アスカは思う存分に戦えるというのが『希望』の強みだ。


 もしバアルが槍でこの攻撃をさばいていたら、その一瞬でアスカに斬り伏せられていただろう。


 しかし、迎撃したのはアスタロトだった。

 ソードケイン仕込み杖のようなものでエフリートを弾く。


「悪魔が連携とかいやぁぁん」


 バカにしまくったような声を上げ、すいっと後ろに下がった。


 アスタロトは釣られない。

 そけどころか、飛び出そうとしたバアルの腰を叩いて落ち着かせる。


 まずいな、と、ライオネルは内心で舌打ちした。


 悪魔は連携しない。

 互いに補い合ったり支え合ったりは絶対にしない。


 複数で登場しても、一体ずつ戦っているのと同じなのだ。そこに人間がつけ込む隙がある。

 なのにこいつらときたら、見事なまでの連携を見せているのだ。


「母さん、どうします? あんな近接戦闘ドッグファイトされたら」


 ミリアリアが、不安げに話しかけた。


 魔法で援護したくても、あれだけ近距離で、しかも高速で戦われたらやりようがない。

 悪魔を狙った魔法がアスカやサリエリに命中してしまう。


 もちろんユウギリの弓矢も同様だ。


「せめてアスタロトとバアルを切り離せればな……」


 たとえばアスカが単身でバアルを引きつけ、その間に全員でアスタロトを倒す。


 無理だ、と、自分の作戦に落第点をつける。

 アスカだけでバアルと戦えるかといわれれば普通に無理だろう。あれはあきらかにイタクァより強い。


 切り離したとして良くて互角。こちらがアスタロトを倒す前に負けてしまうかもしれない。


「いや、それ以前にアスカぬきでアスタロトに勝てるかって話だな」


 苦笑しか出ない。

 アスカが抜けるということはサリエリがエースを張るということ。


 彼女はもちろん一流の使い手ではあるが、一人で大悪魔の攻撃の矢面に立つのはいかにも苦しい。

 かといってライオネルが前に出ては足を引っ張ってしまい、サリエリの負担が増すだけ。


 つまりこの状況というのは、後衛がなにも仕事ができないのである。


 ライオネル、ミリアリア、メイシャ、メグ、ユウギリ。七人の『希望』のうち五つが浮き駒になってしまっているのだ。


 幾重にもまずい。

 まずいのに、状況を打破する手がない。


「メイシャ。長距離回復で二人を回復し続けてくれ」

「それはもちろんやりますけれども、千日手にもなりませんわよ? ママ」

「判ってはいるが……」


 メイシャの言葉にライオネルが苦い顔をした。


 アスカとサリエリは、どんなに強くても人間である。いつまでも体力が続くわけではない。

 いずれ致命的な一撃をもらってしまうことになる。


「前衛がいれば……もう二枚、いや一枚でもいい……」


 ライノスとナザル、あるいはジョシュアとニコルがいれば、もっと取れる選択肢は多くなるのに。


 などと、はなはだ現実性を欠くことを考えてしまう。

 ない袖は振れぬの言葉通り、その四人はいずれもこの場にいない。

 どうしようもないのである。


 このままではじり貧なのは火を見るよりあきらか。

 そもそも人間のように連携を取る悪魔なんて、どう対応して良いか判らない。


「なんとかあの連携を崩す。そこにしか勝機がないんだが……」

「ならば私がアスタロトの足を止めよう」


 ライオネルの愚痴に応えがあった。

 彼自身の影の中から。







 その光景の意味を、この場にいる誰一人として理解できなかった。

 地面に伸びたライオネルの影から、ぬっと人間が現れたのである。


 否、人ではない。

 そんなことができる人間などいるわけがないし、ライオネルも仲間たちも、出てきた姿に見覚えがあった。


 黄色の衣をまとった浅黒い肌と銀髪をもった少年。


「邪神ハスター!? なぜ貴殿がここに!?」


 驚きの声をあげ、予想外の事態に大きく跳びさがるアスタロト。バアルも追随した。

 なにが起きたか判らないため、戦闘の継続を選択しなかったのである。


 もちろん無警戒にさがったわけではなく、アスカもサリエリも追撃の契機をついに掴めなかった。


 そしてそれ以上に、ライオネルの近くに現れた邪神が気になる。

 慌てて本陣へと駆け戻った。

 激戦から、奇妙な空白時間へと移行していく。


 エアポケットのように。


「ここになんかいないよ。私の本体はまだ銀河系にすら入ってない。神像を壊されてマーカーを失ってしまったから、到着までどんなに頑張っても五十万周期はかかるかと思っていたくらいさ」


 饒舌に、邪神ハスターが語る。

 アスタロトとバアル、そして『希望』の双方から警戒の目を向けられるなか。


「ライオネルを呪い殺そうと思って放った呪いを、ノーデンスのじじいがものすごい力で振りほどいたからね。あのパワーをマーカーにできた」


 にいっと唇をゆがめる。


「君たちの時間感覚でいえば、一、二年のうちには地球につけそうなんだ」


 なにを言っているか判らない。

 判らないが、ライオネルにとっても『希望』の面々にとっても、それが吉事であるとはまったく思えなかった。


「せっかく軍神ライオネルと戦える目がでてきたのに、君たちに殺させるわけにはいかないってことだよ。アスタロト」

「思念体ごときで我に勝てるとお思いか? 邪神ハスター」


 怒りよりも凄みのある笑みを、アスタロトが浮かべた。


「勝てるなんて思ってないさ。足止めで良いんだろう? ライオネル」


 ちらりと視線を投げる。

 戸惑いを隠せずに、ライオネルが頷いた。


 本当に、なにがどうなっているのかさっぱり判らない。


「君たちを倒すのはこの私だ。だからアスタロトは私が引き受けてやる」

「意味が判らない。判らないが素直に礼を言っておく。邪神ハスター」


 ひとつ頭を振り、ライオネルが頷いた。


 まったく尋常ではないが、あるゆる手段を駆使して勝利をもぎ取るのが軍師の仕事だと割り切る。


「第二ラウンドだ。ハスターはアスタロトを足止めしろ。アスカとサリエリは左右からバアルを挟み込むんだ」


 ぶんと月光を振って指示を出す。

 空前で、おそらく絶後となるであろう人間と悪魔の共闘だ。







第九部 完

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