閑話 不穏


「タティアナどのと連絡がつかない? どういうことだ?」


 報告を持ってきたミレーヌに、魔王イングラルは小首をかしげた。

 公務においてし最も信頼する秘書であり、私生活においては最も愛する女性が西大陸から戻って半月ほど。


 ガイリアでは、新しいダンジョンの大騒ぎフィーバーが絶賛開催中の頃である。


「そのままの意味です。魔導通信が繋がりません」

「通信機の前にいないだけってことではないんだな?」


「子供の使いではないのですから、何十回と再接続を試みています」

「だよな」


「連絡が取れなくなって二日です。異常事態の発生と考えるべきかと」


 ミレーヌの言葉に、深沈と魔王が腕を組む。

 都市国家ルターニャの通信官たちがサボってるだけ、という可能性はさすがにない。


 となると、通信に出たくても出られない状態ということになる。

 都市国家とはいえ、ひとつの国が。


「偵察を出すべきだろうな」

「判りました。私が行ってきます」

「いやいや。いやいやいや。なんでお前がいくんだよ」


 組んでいた腕をほどいて両手を挙げ、まあまあとたしなめる。


 魔王の記憶がたしかなら、秘書官というのはそんなにあちこち飛び回ったりしない。

 あと寵姫というのもあんまり出歩かない。


 まだ独身のイングラルだから、廷臣たちとしてはとっととミレーヌと所帯を持ってほしいなぁ、などと思っていたりするのだ。

 ほいほい外に、しかも他の大陸まで出かけちゃったりするのは、わりと勘弁してほしいのである。


「スピード勝負ですからね。ビヤーキーを使おうかと」


 しれっと応えるミレーヌ。

 ぐ、とイングラルが言葉に詰まる。


 西大陸で手に入れた戦闘機だが、操縦経験があるのはミレーヌだけなのだ。

 しかもリアクターシップからの発着訓練なんかもやっているから、マスルには彼女以上の操縦技術をもった人間はいない。


「まさかフロートトレインを使おうとか思ってました? さすがに目立ちすぎですよ?」

「いや、普通に火消しピースメイカーを送り込もうと思っていた」


 ぽりぽりと頭を掻く。

 少しばかり事態を甘く見ていたかな、と。


「ルターニャ兵は強いですよ。そう簡単に街がおちるとは思えません」


 苦い笑いをミレーヌが浮かべた。

 マスル、ガイリア、ロンデン、ピラン城の四国会談に忍び込んだルターニャ兵は、火消しを六人も殺害した。


 並の六人ではない。

 各国首脳が集まる場所の警備に選抜されるレベルの六人である。

 損害の報に触れたとき、ミレーヌは誤報ではないかと思ったほどだ。


 そんなルターニャが、救援要請を出す暇もなく壊滅する。ちょっとリアリティがなさすぎる。

 のんびりと徒歩で事情を探りに行っていたら、事態は回復不可能なところまで進んでしまうかもしれない。


「なので最も速い手段で探ってきます」

「判った。くれぐれも気をつけてな」

「火消しを一人連れていきますね」


 現在のビヤーキーは複座型なのである。ただ、武装はすべて外してしまっているので戦闘機とはいえないだろう。






 行きに一日。

 帰りは半日でビヤーキーは飛んだ。


 往路と復路で時間が違うのは、それだけ事態が逼迫しているということだ。


 南東の空に、予定より早くビヤーキーが確認されたと侍従から報告を受けたイングラルは、執務室を飛び出して飛行場へと向かう。

 悠長に報告を待っている場合ではない。


 この判断の早さこそ我が主なりと膝を打った侍従は、すぐに王国各軍の司令部に使いの者を走らせる。


 もちろん臨戦待機を要請するためだ。

 魔王からの勅はあとから出るとしても、備えているのといないのでは初速がまったく違うから。


 着陸したビヤーキーから、ひらりとミレーヌが飛び降りる。


「陛下。歩きながらの報告で失礼します」

「聴こう。ルターニャでなにを見た」


 執務室へと向かいながら問いかけた。


「街には数百の死体が転がっていました」


 淡々とした言葉に軽く頷く。

 予想していなかったわけではない。


「そのなかに、元首タティアナとおぼしき遺体も確認しました」

「そうか……」


 深いため息をつく。

 予想していたからといって、重い事実はやはり重い。


 マスルは従属国のひとつを失ってしまった。

 それは同時に、背後からダガン帝国に睨みをきかせるポジションを失ったという意味である。


 現在のダガンは親マスルの方針ではあるが、潜在的な敵国であるという事実は変わっていないのだ。


「どこに攻め込まれたか判るか?」


 ひとつ頭を振り、イングラルはミレーヌに訊ねる。

 起こってしまったことは仕方がない。否、本来は仕方がないで済ませて良い話ではまったくないのだが、嘆いたところで時間が戻せるわけではない。


 現実に対応しなくてはいけないのだ。


「判りません」


 廊下を歩きながらミレーヌが首を振る。


 ルターニャの周辺にはいくつも都市国家のが存在する。そのどれかに攻められたとしても、べつにおかしな話ではない。

 ただ、たったの二日でルターニャを蹂躙できるほどの軍事力をもった都市国家があるかといえば、かなり微妙だ。


 それゆえミレーヌは判らないと応えたとを思ったのだが、次の一言でイングラルは目を見開くことになる。


「街門は閉ざされており、町の外に死体は発見できませんでした」

「なん……だと……?」

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