第290話 その戦い方は得意なんだよ


 素早くユウギリの前に立ち、飛んできた矢を月光で切り捨てる。


「ライオネルさん!?」

「なんとなく、こういうことをしてきそうな相手だと思った」


 驚くユウギリに俺は笑う。

 数瞬に過ぎない攻防だったが、それでもいくつかのことが見えた。


 このマンティコアは強い。

 そして、こいつの強さの本質は観察と先読み。


 自分から仕掛けるのではなく、こちらの動きに対応して魔法を使う。

 つねに二手先三手先を読んでるんだ。


 厄介なんてレベルじゃない。

 マンティコアの頭に中には盤面があり、自分を含めた全員が駒として配置されているんだろう。


 だから、こうきたらああ返す、ああきたらこう受ける、というのを定石として判ってるんだ。


 こういう戦い方をする連中を、俺は知っている。

 軍師ってやつらだ。


「みんな! マンティコアは俺たちの動きを先読みしているぞ!」


 鋭く警告する。


「俺の指揮と反対に動け! アスカ! 右側から回り込め!」

「うん!」


 わけの分からない指示に、アスカが元気いっぱい応える。


「サリエリは左からだ!」

「ぁぅぃー」


 こっちは気の抜けまくった返事だ。

 マンティコアが笑い、三列の歯がむき出しになった。


 わざわざ、誰がどんな動きをするかを口に出しているのだから、馬鹿にされるのは当然だろう。

 しかも指示と反対に動けなんて、子供でも使いそうなトリックだし。


 アスカとサリエリと呼ばれた女戦士たちは、互いの位置を入れ替える形で交差し、それぞれ回り込む。

 そう判断し、マンティコアは交差の瞬間を狙って魔法を紡ごうとする。


 しかし、アスカとサリエリは軌道を変えなかった。

 そのまままっすぐ突っ込んでくる。


 アスカは右から、サリエリは左から。


 一瞬、マンティコアが戸惑った。

 それは砂時計から落ちる砂粒が数えられるほどの短時間だったろう。


 しかし、うちのちいさな大賢者様には充分すぎる時間である。


「マジックミサイル!」


 放たれた五つの光弾が不規則な軌道を描きながらマンティコアに迫る。

 初撃と同じパターンだ。

 これはすでにマンティコアに防がれている。


『そこには壁が』

「ありませんわ。その言霊は至高神の御意にそぐわぬもの」


 余裕を持って使おうとした障壁の魔法を、メイシャの神聖魔法が封じ込めた。


「使われた魔法を、ただぼうっと眺めていただけと思われるのは不本意ですわね。ちゃんと奇跡の術式に組み込ませていただきましたわ」


 にっこりと笑う聖女様だ。


 次々と着弾するマジックミサイル。


「いっくよー!!」


 爆煙を切り裂いてアスカが斬りかかる。

 まるで信じられないモノを見てしまったような表情で立ち上がり、マンティコアの爪が七宝聖剣を受け止めた。


 無防備な背中をサリエリに晒して。


『ぎぃぁぁぁぁぁぁ!?』


 炎剣エフリートを突き刺され、絶叫をあげる。


「ふりかえればぁ~ うちがぃるぅ~」


 謎のセリフとともに、サリエリがのへのへと笑った。


 めちゃくちゃに手足と尻尾を振り回してモンスターが暴れる。

 それは怒りか。

 あるいは読みを外した屈辱か。


 するすると、アスカとサリエリがマンティコアの攻撃範囲から退避した。





 種を明かせば、べつに難しい話でもなんでもない。

 先読みが得意な相手に、これからどういう行動をするか教えてやっただけだ。


 ただし、それが本当か嘘か判らなくなるスパイスを振りかけてね。


 指示と反対に動け、なんてのはもちろん嘘だよ。

 俺の指示が嘘なんだと印象づけるための小細工さ。


 頭に作戦変更って明言していないから、アスカもサリエリもその部分は当然のように無視する。

 本当に小細工だよなー。


 でも、こういう頭の良い相手には、あんがい小細工の方が有効なもんなんだよね。


 それにまあ、これは本命じゃない。

 読まれたところで問題のない部分だ。


 本命はべつにあって、マンティコアの防御魔法を無効化すること。


 そのためにはもう一度使わせないといけない。

 だから最初の攻防と同じシチュエーションを演出したのである。


「うちのメイシャに同じ魔法を二度も見せるんだからな」


 見た敵の攻撃は、次の瞬間から攻略方法を考え始めているような娘なのだ。

 これはまあ、メイシャだけじゃないけど。


 攻撃を防がれたならどうやれば通用するか考える。防御を破られたならどうやれば守り切れるかを考える。

 それが戦訓ってやつだ。


「同じのを使わせるのが狙いだった。そしてここから先は初撃とは違う」


 俺が言った瞬間、大暴れしているマンティコアに矢が突き刺さった。

 どすどすどす、と。


「十二本、すべてこのタイミングで到達するように放ちました」


 嘯くユウギリ。

 得意の曲射だ。メイシャがマンティコアの魔法を無効化したと同時に、撃ちまくったのである。


 なにが起きたのか判らず呆然とする老人の顔が漂白された。

 ふたたび突進してきたアスカによって、胴体から切り離されて。


「お見事!」

「……オレは今回、まったく役に立たなかったスね」


 俺の横に立ったメグが、ふうとため息をついた。


 なんで残念そうなのさ。

 あなたの本領は戦闘じゃないでしょうに。


「そうでもないぞ。メグのやられ具合で方針が決まったし」

「えらく性格が悪い確認の仕方スね……」


 軍師の職業病みたいなもんなんだよ。

 最前線の兵士のやられ具合で作戦を変えていくのはさ。

 兵士の命を駒だとでも思ってるのかって怒られそうだけどね!

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