第289話 マンティコア
「この先が大広間っぽくないスか? ネルダンさん」
「だな」
地図作りは俺たちの仕事だ。
メグが偵察してきた情報を元に地図に起こしていく。もちろん寸法まで正確に書くわけじゃない。
どこに何があるか、どんなモンスターと遭遇したか、ようするに探索に必要情報だけ書き込んでいくのだ。
そしてメグの空間把握と俺の分析が、同じ答えをはじき出した。
カランビット迷宮の一階には、なんと大広間が存在する。
構造を考えると、そういう結論になってしまうのだ。
入り口からいくつもの分岐を繰り返しているが、中心部へとむかってゆっくりと弧を描き、おそらくゴール地点は十丈(約三十メートル)四方ほどの部屋だろう。
「この中にたくさんの小部屋があるって可能性も否定どきないけどな」
「こんな立派な扉を開けた先が小部屋ってのは、ちょっと性格が悪すぎるスね」
苦笑し、メグが扉に近づく。
罠や鍵がないか確認するためだ。
「……なんにもないス。どう考えても、中に入ってこいって意味スよね」
おおきく両手を広げてみせる。
ますます大広間が待っている可能性が高くなった。
そして強大なモンスターもね。
だいたい広間には強いやつが陣取ってるんだよなー。
「どうする? みんな」
俺は仲間たちを振り返る。
徹夜明けで潜ってる上に、カランビット迷宮の敵はけっして弱くない。少なからず消耗しているのだ。
この状態で
「大きいのがあと三、四発ってところですね」
ミリアリアが申告してくれる。
彼女の魔法がチームの攻撃の要だ。防御の要はもちろんメイシャね。
「わたくしはそろそろごはんが食べたいですわね。おやつではなくて」
腕を組み、厳かに宣言する聖女様だった。
ふーむ。
そろそろ引き上げどきではあるか。
「よし。まずは一当たりしてみよう。ダメそうだったらしっぱを巻いて逃げる感じで」
「よっしゃ!」
青い目をらんらんと輝かせるのは、いわずと知れたバトルジャンキー娘だ。
強敵と戦いたくて仕方がないのである。
ゆっくりと扉が開いていく。
予想通り、かなり広いホールだ。
そして中心部にわだかまる闇。
俺たちが入ってきたの気づき、のっそりと身体を起こす。
ケイブベアなんかより二回りも大きな、まるで獅子のような身体についた老人の顔。
生理的嫌悪を呼び起こす姿だ。
「マンティコアだ。魔法を使ってくるぞ。気をつけろ」
鋭く俺は警告する。
第一層に広間があるのも、そこに陣取るのがマンティコアだってのも、ちょっと大盤振る舞いにもほどがあるというものだろう。
「判ってます! 使わせませんよ! マジックミサイル!」
素早く杖を振ったミリアリアが、もっとも詠唱の短い魔法で攻撃する。
威力より
放たれた魔力弾を追うようにアスカとサリエリが走り込む。
魔法を避けても受け手も、その瞬間に二人の攻撃が決まるだろう。
まさに完璧なタイミングというやつで、内心で俺は決まったなと呟いていた。
『そこには壁があった』
しかし、しわがれた老人の声とともに勝利の確信は打ち砕かれる。
マンティコアに迫っていた魔法は無害な霧になって散り、アスカは正面からなにかに弾き飛ばされたように宙を舞った。
空中で素早く姿勢を入れ替え、二転三転ととんぼを切りながら足から着地できたのは、アスカの身体能力があればこそだろう。
「アスカっちが先に突っ込んでなかったら危なかったのぉ」
咄嗟に左へと跳んだサリエリが、ごろごろと転がりながら間合いを取る。
攻撃魔法と直接攻撃、両方を同時に防ぐとか、どんな化け物だよ。
ミリアリアの魔法もアスカたちの攻撃も、並の速度じゃないんだぞ。
にやりと老人の顔が笑う。
勝利を確信したか? でもな、うちのチームにはまだアタッカーがいるんだぜ。
『真実を映す鏡はすべての嘘を見破った』
「なっ!?」
愕然とした表情で空中に現れるメグ。
魔法的な方法で隠形を破ったのか!?
「いかん! 避けろメグ!」
俺は叫ぶが、空中にいてはそれ以上速く動くことはできない。マンティコアの鞭のような尾がメグの右足に絡みつき、そのまま床にたたきつけられる。
「あぐ!?」
「いけませんわ! ロングヒール!」
ちょっと危険な角度から落ち、かはっと血を吐いたメグの身体をメイシャの回復魔法が優しく包む。
しかし、あの尻尾を外さないと何度でも叩きつけれてしまうだろう。
飛び出そうとした俺の横を銀光が通過し、一瞬前までマンティコアがいた場所に矢が突き刺さった。
ユウギリの射撃である。
マンティコア本体を狙ったというより、メグとモンスターを切り離すための牽制攻撃だ。
一挙動で跳ね起きたメグが、こけつまろびつ俺たちがいる本陣まで駆け戻ってくる。
もう隠形は使えないっぽい。
ということは、彼女が前線にあがるのは危険だ。
「時間を稼ぎます!」
矢継ぎ早に牽制するユウギリ。
アスカにもサリエリにも近づけさせないように。マンティコアの行動を邪魔するためだけの射撃だ。
『天に投げた石は自らの頭上に落ちた』
不気味な声。
マンティコアに向かっていたはずの矢がすべて方向を変え、ユウギリへと迫る。
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