閑話 ガイリアの五芒星
献上されたビヤーキーを見て、魔王イングラルはため息をついた。
深く深く。
「なあミレーヌ。これでいくつめだっけ」
「フロートトレイン、亜空間収納、そして戦闘機ですからね」
怜悧なる秘書のミレーヌも、半笑いしかでない。
『希望』と関わったことでマスル王国にもたらされた古代魔法王国時代の技術である。
どれかひとつだって、時代を何十年か何百年か進めるだけの価値があるのだ。
リアクターシップが発見されたのが百五十年ほど前。そこから解析と研究が重ねられエーテルリアクターを搭載した
技術の進歩に、マスルの人々は熱狂したものである。
「それが、たったの二年でこの成果だもんな」
「サリエリに言わせると悪運が強いだけ、ということになりますが」
「たとえ悪運だろうと、運も実力のうちだからなぁ」
くすりと笑うイングラル。
たしかにライオネルというのは悪運の強い男なのである。
「だって俺はあいつを殺そうと思わないもん」
「マスルの王がイングラルだった。これも悪運でしょうね」
ミレーヌが浮かべたのは薄い笑いだ。
特殊部隊『
それほどまでにライオネルは危険な存在だ。
本人に政治的な野心がないことはイングラルもミレーヌも知っているが、政戦両略の天才であることをそれ以上に知っている。
味方であるうちは良いが、敵に回ったときが恐ろしすぎるのだ。
「カードでいうならジョーカーです。持っていたらいつ奪われるか不安ですし、逆に敵に使われたらそこでゲームが終わってしまいます」
「そんな鬼札、破り捨ててしまいたいと思っても不思議じゃないからな」
しかしイングラルはそうしない。
個人的に、ライオネルに対して好感を持っているというのもたしかにあるが、政治的な計算もある。
たとえば恐怖によってライオネルを殺した場合、ピラン卿ザックラントはマスルから離反するだろう。
万に一つも疑いない。
あの御仁は、謀殺のごとき行為を絶対に許さないから。
「つまり、たったひとりの冒険者を始末することで、俺は大切な同盟国をひとつ失ってしまうわけだ。そんなリスクは取れない」
「そしてマスル王が好感を持っている人物を、他の国も害することができません。外交の場で不利になりますからね」
これがライオネルの身が安全という理由だ。
たしかに悪運と言える。
イングラルが猜疑心のみ強い無能な王……たとえば愚王モリスンのような人物であったなら、後先を考えずにライオネルを暗殺しただろうから。
「ビヤーキーと壊れた磁力機関フーンは、研究所にまわして解析を始めてくれ」
「了解です。時間はかかると思いますが」
「失礼、取り込み中でしたかな」
ノックと同時に執務室に入ってきたのはグラント魔将軍。
牛のような角を持つ魔族で、マスルの誇る四人の名将のうちの一人である。
「執務室に顔を出すなんて珍しいな、グラント。何かあったのか?」
「ガイリアから、新ガイリア城の概略が送られてきましてな。あらためて陛下と検討したいと思いまして」
脇に挟んでいた紙を広げる。
四戦四敗。
グラント魔将軍が守る新ガイリア城に攻め込んだ一万のイングラル軍の戦果がそれである。
そして攻守をかえて、グラント魔将軍が攻め込んだ結果は三戦三敗だった。
「だめだこりゃ」
そう言って、イングラル兵士の駒を投げ捨てる。
ゲームに勝てなくてすねた子供みたいで、ミレーヌはくすりと笑ってしまった。
「ライオネルが縄張りした堅城なんて、攻略できるわけないだろ」
むすっとした顔の魔王である。
ダガン帝国との戦いで、ライオネルの用兵の妙は嫌というほど見せつけられた。
城を建設する際にも、その才能は遺憾なく発揮されるというだけのことだろう。
「拙者もそう思っていましたがな。新ガイリア城の設計者は軍師ライオネルではありませんぞ」
グラント魔将軍が巨体を揺すって笑う。
魔導通信の先でカイトス将軍も一勝もできなかったと笑っていたので、負けた悔しさはない。
むしろ、ライオネルが設計したのではないと聞かされたときの方がショックが大きかった。
「こんな変態みたいな城をライオネル以外が設計したと?」
「カイトス将軍麾下の参謀、軍師キリルですな。城の通称は『ガイリアの五芒星』となるそうです」
「ガイリアには軍師が二人もいるのか……ひとりくれないかな」
やれやれと息を吐くイングラルだった。
ライオネルとキリル。
軍師という稀有な天賦を持つもつものが二人も揃っている。
彼でなくても不公平を感じてしまうだろう。
いないのが当たり前だから。
「あー、失敗したなあ、初めて会ったときスカウトすれば良かった」
二年前。
まだまだライオネルと『希望』が無名だった頃だ。
あのときは私人として会ったから勧誘は避けたのである。
「惜しかった。全員まとめて雇うとか言えば良かった」
ぶつぶつ言っている。
ミレーヌとグラントが顔を見合わせた。
また始まった、と。
魔王イングラルというのは、まず尊敬に値する君主だ。
しかし、たった一つだけ欠点がある。
それがこれ、ちょっと異常ともいえる人材収集欲である。
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