第285話 連敗オカン
「まじかこれ……まじか……」
テーブルに広げられた図面の前で、俺はぶつぶつと呟いていた。
「どうだろう? ライオネル」
見入ったままの俺にキリル参謀が話しかけてくる。
やっているのは紙上演習。
キリル参謀の守る新しいガイリア城に、俺が精兵五千を率いて攻め込むという想定だ。
「この手もダメですね、失敗です」
ひとつ首を振り、俺は兵士の駒を回収する。
七度目の投了だ。
「やはりそうなったか」
観戦していたカイトス将軍が腕を組む。
将軍が攻めてもダメだったんだそうだよ。
「地上戦力でこいつを攻略するのはちょっと厳しいですね。さすがに十万とかで攻めかかったら落とせるでしょうけど」
両手を広げて見せた。
圧倒的な物量で犠牲をまったく気にしなくて良いというなら、どんな城だって落とせる。
囲んで兵糧攻めしたっていいしね。
ただ、それは想定しても意味がないのだ。
王都まで十万兵力が攻め上るなんて事態になったら、とっくに詰んでるからね。
ここで必要な演習は、普通の実戦を想定したもの。
ひとつの局面に動員できる兵力ってさ、五千くらいで関の山なんだ。平原での大会戦というならともかく。
まあ実際、五千の兵を動かそうとしたら五千人を食わせるための食料やそれを運搬する輸送部隊も必要になる。五千人分の排泄とかのことも考えないといけない。
まったく簡単な話ではないんだけどね。
「ライオネルが五千で攻めても無理かあ」
呟いて、ロスカンドロス王が金貨を一枚、カイトス将軍に投げ渡した。
おい。
俺の戦果で賭け事すんな。
「お母さんの華々しい戦果の影に隠れているが、キリルの軍才も劣るものではないからの」
鼻高々だ。
そりゃあ常勝不敗のカイトス将軍を支えてる名軍師だもの。
強いに決まっているさ。
俺だって舐めていたわけじゃない。
けど、たぶんキリル参謀が指揮しなくても新ガイリア城は落とせないだろう。
星形要塞。
キリル参謀の考案した新しい城塞。
難攻不落なんてもんじゃない。
城そのものは七階建ての普通のでかい城なんだけどね。それを囲う
まるで五芒星のような形の石垣で囲まれ、東西に三町(約三百三十メートル)、南北にも三町ほどもある。
そして水堀が取り囲んでいて、幅が三丈(約九メートル)、深さも一丈(約三メートル)くらいもあるんだ。
これをこえて石垣にたどり着いても、石垣の高さは二丈(約六メートル)ちよっとくらいあるから、そう簡単にのぼれない。
これだけでも厄介なのに、五つある稜堡は互いに監視できるようになっているのが悪魔的にやばい。
「ライオネルが考えた十字射撃さ、あれを効率的に使えないかなって思ったらこの形になったんだよ」
キリル参謀が笑う。
いやいや、笑ってるけどさ、あんた。
どの方向から攻めても絶対に十字射撃に晒されるって構造だからね? これ。
よくこんな方法を思いついたな。
「エグすぎですよ。十字射撃ってのは狭い道で使うための戦法なのに」
「上手く戦域を限定すれば、どんな場所でも狭い道にできるだろ」
やだこの軍師、すっごく怖い。
「リルっちも有能だなんてぇ、ガイリアはずるいよねぃ~」
「もともと彼はリントライト王国の人なんだけどな。俺だって広い意味ではリントライトの人間だったし」
城からの帰り、サリエリとの会話である。
カイトス将軍とキリル参謀はリントライト王国の正規軍に所属していた。しかし愚王モリスンは彼らを活用できなかった。
「結局ぅ、滅びるサダメだったのだぁ、ほのおのさだめぇ」
「また適当なことを」
「むせたぁ?」
「なにがだよ」
談笑しながら通りを歩いていると、正面からメグとミリアリアが走ってくるのがみえた。
冒険者ギルドにいっていたはずで、べつに合流する予定はない。
たぶん俺たちの方が遅くなるだろうと思っていたから。
「なんか焦ってるかんじだねぇ。うちらが連れ込み宿に行くんじゃないかって疑ったとかぁ?」
「あぶない発言をするんじゃありません」
のへのへと笑うサリエリにツッコミを入れておく。
真っ昼間から連れ込み宿に行くなんて、どんだけただれた生活をしてるんだよ。俺は。
「母さん、サリエリ、ちょうど良かったです。お城まで迎えに行こうと思ってました」
「ハウスにもギルドの使いが走ってるス。メイシャももう待ってるス」
ミリアリアとメグが口々に言う。
たしかにちょっと焦っている感じではあるな。
でも、緊急事態って雰囲気でもない。
「どうしたんだ? いったい」
「詳しいことはギルドで」
そう言って、ぐいぐいと腕を引っ張る。
メグはメグでサリエリの背中を押してるし。
ちょっと意味が判らないんだけど、ギルドに着いたらすぐに判ったよ。
大盛り上がりだったんだもの。
「ライオネルさん。信じられますか?」
ジェニファまで興奮してるし。
まあ、興奮するなっていうほうが無理かもだけどね。
なんと明日、ガイリアに新しいダンジョンが生まれるのだ。
ダンジョンが生まれるものだなんて、俺も初めて知ったよ。
ラクリス迷宮がルターニャと繋がってしまって、もう探求しても意味がなくなってしまった。
そこで至高神からの贈り物として、新たなダンジョンが形成されるんだってさ。
まだ誰も潜ったことのない、まだ誰も手を触れていない迷宮だよ。
どんな未知の冒険がそこにあるのか、まだ誰も知らない。
これに興奮しないとしたら、そもそも冒険者ではないよね。
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