第286話 前夜祭


 ガイリア王国のラクリス迷宮と、都市国家ルターニャのミノーシル迷宮が繋がってしまった。

 これはもちろん自然現象ではなく、ダンタリオンっていう悪魔の仕業である。


 その結果としてどっちのダンジョンも下層へといけなくなった。

 ラクリスの場合、地下十階より下が消滅し、そこから先は下っているように見えて、ミノーシル迷宮を上っている。


 ちょっと意味が判らない状況だね。

 ちなみに、ラクリスの十階はミノーシルの二十五階ね。


 そのまま下って(上って)いくと、ルターニャの街にでる。


「モンスターが出現するけど、ルターニャとガイリアを繋ぐトンネルになってしまったわけだ」

「これじゃダンジョンとは言えないよねぃ」


 俺の言葉にサリエリが笑う。

 じつは笑いごとではなく、冒険者ギルドにとっては死活問題だ。

 なにしろダンジョンアタックこそが冒険者の存在意義といっても良いくらいなのだから。


 護衛とか薬草採取とか、そんなんはべつに冒険者でなくても傭兵や便利屋に依頼すればいい話だからね。


 冒険者ギルドも冒険者も存在しないルターニャはともかく、加入クラン数が百に迫ろうってガイリアからダンジョンが消えちゃったら本気でやばい。

 ほとんどの冒険者が拠点を移してしまうだろう。


 ところが、だ。


 かかる事態に至高神が動いてくれた。

 新たなダンジョンを作ってくださると、ガイリアの至高神教会の大司教様に啓示があったらしい。

 アカシア司祭様とかにもね。


『希望』が帰還した翌日に、新たなるダンジョン『カランビット迷宮』が誕生する、とね。


 だから、ギルドのみんなも冒険者たちも、俺たちの帰りを今か今かと待っていたんだってさ。


「でも、なんでこんなお祭り騒ぎになってんだ?」

「なんでって、これでお祭りしないとかあり得なくないですか? ライオネルさん」


 首をかしげてる俺に、ジェニファがエールが満たされたジョッキを差し出してくれた。

 彼女の顔もほんのり赤い。


 ミリアリアたちがギルドに帰還の報告にきた瞬間から、もう宴会ムードになってたんだってさ。

 大食堂も開放され、振る舞い酒とかも出てるらしい。


「冒険者にとっても、冒険者ギルドに取っても、明日は記念日になりますよ」

「今夜は前夜祭ってわけか。それなら俺も楽しむとしますかね」


 そう言って、ぐびぐびと酒を飲み干す。


 あー。

 ガイリアのエールだ。


 帰ってきたって感じがするよね。






 アスカやユウギリ、アニータも合流してギルドの盛り上がりは最高潮に達する。


 冒険者たちは大通りまであふれ出て、歌えや踊れの大騒ぎだ。

 日もとっぷりと暮れ、かがり火もがんがん焚かれている。


 ていうかこれ、まずくない?

 こんな大騒ぎしちゃったら、衛兵とか駆けつけてきそう。あと、近隣の商家から苦情が出そう。


 とか思っていたら、案の定、城の方から蹄の音が聞こえてきた。

 王都内で騎乗できるのは兵士だけ。

 絶対怒られるじゃん


「皆のもの! 国王陛下から振る舞いがある! 恩寵に感謝せよ!」


 でも口上は予想の正反対だった。


 歓声が爆発する。

 ガラガラと車輪の音を響かせ、十両以上の馬車が近づいてきた。

 酒や肉などを満載して。


 王城で使う高級食材か!

 これはたぎるな!!


「ロスカンドロス陛下! 愛していますわ!!」


 興奮に青い目を輝かせ、メイシャが叫ぶ。


「さあ皆さまもご一緒に。国王陛下万歳! 世の中は肉ですわ!!」

『世の中は肉だ! うぉぉぉぉぉっ!!!』


 冒険者だけでなく、近隣の人たちまで通りに出てきて叫んでるよ。

 お前ら、国王陛下万歳の方を略すんじゃねえよ。


 ほんっきで不敬罪に問われるぞ?

 まあ振る舞いを運んできた隊長さんっぽい人が笑ってるから、今日は無礼講ってことなんだろうけどさ。


「つーかあんまり馬鹿騒ぎして、盗賊ギルドの縄張りとかまで入らなきゃ良いけど……」

「問題ねえよ。そっちはもう手を回してるぜ、希望のライオネルさん」


 独り言に応えがあった。

 俺の耳にだけやっと聞こえる声で。


 浮かれ騒ぐ人たちに交じって、たぶん俺の後ろにいる人が話しかけてきたっぽい。


「振り向かない方が良いんだろうな。きっと」


 ため息とともに言葉を紡ぐ。

 いとも簡単に後ろを取られてしまった。悔しがっても仕方ないけどね。

 こいつらはこういうのを得意としているんだろうし。


「俺は盗賊ギルドのナッシュだ。顔をさらしての挨拶は勘弁してくれ」


 それは笑いを含んで。

 今日だけは、スリも美人局もない。通りで寝ていても身ぐるみを剥がれたりしない。

 そういうことになっていると説明してくれる。


 うちのギルド長との密約があるそうだ。

 こういうお祭り騒ぎが、盗賊たちにとっては一番の稼ぎ時だと思うんだけどな。


 どういう風の吹き回しなんだろう。


「礼代わりってことにしておいてくれるかい?」


 耳元で聞こえる声。


「なんの礼だ?」

「メグをよ、真っ当に生きれるようにしてくれただろ。俺んとこにいたんじゃ、あいつはいつまでも盗賊のままだった」


 なるほどね。

 こいつがメグを盗賊ギルドから追放してくれたってことか。


「本当はな、盗賊ギルドのやり方については、いいたいことが一山いくらで売れるほどあるんだけどな」


 メグが救われたからいいやってわけにはいかない。

 盗賊ギルドに拾われ、一般常識すら身につけさせてもらえないで闇街道を歩いている子供たちはたくさんいるのだ。


「そいつは言わねえって話だぜ。ライオネルさんよ」


 あんたらにはあんたらの、俺たちには俺たちの世界がある、という声を最後に、後ろにあった気配は消えた。


 ふうと息をつく。


 暗殺とかのプロに背後を取られっぱなしというのは、なかなか肝が冷える体験だったよ。


 

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