第283話 夜明け前


 リアクターシップ『フォールリヒター夜明け前』が大空を翔る。

 海原で遊ぶ巨鯨のように。


 その横を飛ぶビヤーキーは、船と伴走するイルカって雰囲気だろうか。


 献上するに当たって、ミレーヌがビヤーキーの試験飛行をおこなっているのである。

 発艦と着艦と訓練も兼ねてね。


 なんかもう、すでにいろんな使い方を想定しているのが怖いというか、そつがない。

 さすがは火消しピースメイカーの長官だ。


「あげちゃうのは、ちょっと惜しい気がしますけどね」


 船窓から、見事にビヤーキーを乗りこなしているミレーヌを眺め、ミリアリアが小さく笑った。

 すべての武装を外して複座型に改造した今のビヤーキーなら、『希望』で使っても良かったのに、と。


「一人乗りが二人乗りになったところで、たいして使い道はないと思うぞ」

「デートに使えるじゃないですか。空のデートですよ」


 ロマンチックですと笑う。


「戦闘機の使い方として、最高にしょうもなさすぎるな。それは」


 俺は苦笑しか出ない。


 なんとなくミリアリアも浮ついているようだ。

 というのも、ビヤーキーから外した対地攻撃用の兵装を研究のために譲り受けたのである。


 キャビンのテーブルに鎮座しているそれは、メグが持ち歩いている灯火用の油壺くらいの大きさで、手のひらに収まるサイズだ。

 地上を攻撃する武器として小さすぎる。


「戦闘機の武装というのは、小さく軽くというのがテーマらしいですよ」

「そういうもんかね」


 重くなればなるほどスピードが犠牲になり、それは戦闘機にとっては致命的な弱点になっていくんだそうだ。


「この大きさだったら、たいした威力にはならなそうだけどな」


 名状しがたき教団が投げ落としていた石と、たいして変わらない大きさだもの。

 爆弾っていってたから爆発するんだろうけどさ。

 威力として心許ないんじゃないかなぁ。


「爆発といっても、フレアチックエクスプロージョンみたいにどーんといくわけじゃないですよ」

「ほうほう」


「対消滅爆弾ですからね。小規模なタキオンのフィールドを発生させて、周囲のターディオンを結合させることによって魔素レベルにまで分解するって仕組みです」

「なるほどなるほど」


「母さん? 判らないなら無理に頷かなくて良いですよ?」

「すみません。さっぱり判りませんでした」


 潔く俺は白旗を揚げた。

 対消滅の意味から、すでに理解できなかったわ!






 中央大陸から西大陸は、リアクターシップの最高速なら一昼夜で飛べる。

 ただそこまで急いでも意味がないので、二日ほどかけて帰る予定だ。


「けど、ガイリアまで送ってもらって良かったんですかね。先にイングラル陛下に挨拶するのが筋だと思うんですが」

「良いんですよ。逆に挨拶された方が体裁が悪くなってしまいます」


 キャビンに戻ってきたミレーヌと、今後の方針について確認する。


 俺たちを救出するため、マスル王国は一隻しかないリアクターシップを投入した。

 じつはこれってけっこうまずい。


 他国の、しかも要人でもない人物を助けるため、虎の子のリアクターシップを使う。

 これを是とする法律はマスル王国には存在しない。


 まあ、どこの国にだって存在しないだろうけどな。巨額を投じて他国人を救えなんて法律は。


 もちろん魔王イングラルは専制君主だから、その意思はすべての法律に優先する。

 彼が、カラスは白いのだといえば、すべての国民が白いですと答えなくてはならない。

 それが専制国家というものだ。


 だからこそ、超法規的な行動は国の内外を問わず批判の対象になりやすい。ましてマスルは中央大陸に冠たる大国だもの。

 その元首が個人的な友誼を国益に優先する、なーんていわれてしまうのはまずいわけだ。


「なので、私たちはライオネル氏の救出には向かっておりません。西大陸への慣熟飛行の際、たまたま『希望』と顔を合わせたため、帰りに便乗させたという筋書きです」


 便乗させてもらった程度なら批判されないし、その程度のことで魔王イングラルに挨拶に行くというのも大仰な話だ。


「それって俺らの立場はどーなるんだよ」


 なぜかむすっとするナザルである。

 リアクターシップが俺を助けるために飛んだのでないなら、なんで葬儀屋が西大陸にいったのかって話になってしまうのだ。


「ナザル氏の功績には、金銭で応えることになるかと」

「金なんかいらねぇ! 『希望』を助けたっていう名誉がほしいのよ! 俺は!」


 めんどくさいことを言うナザルだった。


 冒険者なんて、名誉で腹が膨れるかよそんなもんより現金をよこせって考えの人が多いからね。


 名誉や名声をほしがるってのは、騎士とかそのへん。

 ああいう人たちは、名誉のためなら死んでも良いって考えだから。


 そういえば葬儀屋のチームカラーって、だせぇことをするくらいなら死んでやるって感じだったなぁ。


「めんどくさい子ですねぇ」

「子いうな! 俺は二十七だ!」

「私より百歳も下じゃないですか」

「長命種めぇ……」


 じゃれ合ってる。

 ミレーヌがけっこう楽しそうだ。なんていうのかな、きかん気の弟と遊んでる感じ。


「報酬の他に、火消しに噂を流させますよ。今回の真相を面白おかしく脚色して」

「まあ……それなら……」


 納得できたようだ。

 つまり、また葬儀屋は、吟遊詩人たちが歌うサーガに登場するようになるだろう。

 希望の危機には必ず葬儀屋が登場するってね。

 

 俺には罰ゲームとしか思えないんだけどな。

 ナザルも、うちの三人娘も、目立つことが大好きすぎるよなぁ。


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