第282話 秘書官こわい


 一刻半(約三時間)ほどの空の旅を終え、インスマスの町の中央広場に降りたった俺たちに、さっそく『葬儀屋』の連中が駆け寄ってくる。


「ネル! 攻撃するところだったぞ!」


 ビヤーキーから降りた俺の肩を、ばっしばっしと叩くのはナザルだ。


 無二の親友っぽい振る舞いだけど、一応は好敵手ってポジションなんだよ? あんた。


 ガイリアを代表する三つの冒険者クラン、『固ゆで野郎』『葬儀屋』『希望』のリーダーの一人なんだからさ。


「リアクターシップの修理ができる人を、道具を携えて連れてきたのに、攻撃されたらかなわないな」


 俺が突き出した拳に、ナザルが自分のそれをぶつける。


 得体の知れない、なんかモンスターみたいな見た目の飛行物体が近づいてきたら、そりゃあ警戒するよね。

 アーカムシティ近づいたときだって郊外に着陸したんだもの。


「一ヶ月どころか十日もかからなかったってか」

「運が良かったんだ」


 呆れるナザルと、遅れてやってきたミレーヌとソンネル船長に、ノーデンスを紹介した。


「アーカムシティで知り合った、古き神エルダーゴッドのノーデンスさま」

「よろしくのう」


 にこやかに手を振る。

 白い髪と白い髭。好々爺って感じだ。


「か、神!?」

「お初にお目にかかります!」


 慌てて片膝を突いて挨拶するナザルと船長だった。

 ふたりとも信仰は俺と同じ至高神だけど、だからといって他の神族に横柄な態度を取っていいって話にはならないからね。


 ミレーヌだけは、にこやかにノーデンスに挨拶したあと、すっごい自然な仕草で俺の耳をつまむ。


「ライオネル氏。ちょっとむこうでオハナシしましょうか」

「いたたた! 耳ひっぱってる! 耳!」


 なんか連行されてる!


 そしてどうしてサリエリは半笑いで手を振ってるの!?


 物陰に連れ込まれた。


「ちょっとどういうことなのか、説明してください。なんでここに神格がいるんですか? あの乗り物はなんですか?」

「ちょっとミレーヌさん。怖い怖い」


 背中を壁に押しつけられ、顔の横に手を置かれ、互いの息がかかる距離まで顔を近づけられて睨まれる。

 むちゃくちゃ怖いよ。


「ちゃんと説明しますから」


 適当なことをいってごまかしたら、すごくひどい目に遭わされそうだな、とか思いながら、俺はちゃんと説明する。


 ノーデンスとの出会いのこと、ミスカトニック大学のアーミテイジ博士のこと、西方魔術結社との共闘のこと。

 名状しがたき教団や邪神イタクァとの戦い、ハスターに呪いをかけられたこと。

 そして、リアクターシップを修理するために必要な材料を持ってきたこと。


「ライオネル氏……」


 はぁぁぁ、と、ものすごく大きく深くミレーヌがため息をついた。


「あなたがたがインスマスを出て何日ですか?」

「五日ですね」

「たったの五日で! どんだけ大冒険をしてるんですか! あなたは!」


 怒られた。

 おかしい。

 俺なんにも悪いことをしてないはずなのに。


 なんかアレだね。イングラル陛下も、えらく怒りんぼの女性を愛人にしてるね。


「まあまあ、あんまり怒ると血圧が上がりますよ。ミレーヌさん」

「こいつ……ぬけぬけと……どうしてくれようか……」






 リアクターシップ『フォールリヒター』に搭載されている磁力機関フーンは四つ。


 そのうち三つが完全に壊れてしまっていた。

 ビヤーキーは四機あるので、ひとつ余る計算である。


「取り外して予備部品にするか、ビヤーキーとして運用するか。汝が決めよ。ライオネル」

「俺ですか?」


 ノーデンスの言葉に首をかしげる。

 たしかに『希望』が鹵獲したものだけど、べつに所有権を主張するつもりはない。

 戦闘機なんかもらっても仕方ないしね。


「しかも一機だけじゃなあ」


 ぽりぽりと頭を掻く。

 名状しがたき教団みたいに数を運用できるなら、もっのすごく強力だ。戦争の常識が変わるといっても、そんなに言いすぎじゃない。


 けど、たったの一機。


 現代の魔法学では再現できないので増産もできない。

 かといってパラしたところで、フーンはひとつしか取れないわけで、予備としても心許なかったりする。


「このままイングラル陛下に献上かな」

「良いんですか!?」


 俺の決断に、びっくりした顔のミレーヌだ。


「俺たちを助けるためにリアクターシップを壊させてしまいましたしね。修理できたから良いよって話にはならないでしょう」


 肩をすくめてみせる。

 詫びとしての献上だ。

 それにまあ、イングラル陛下なら悪用もしないと思うし。


「わかった。ではそのようにしようかの」


 ひとつ頷き、ノーデンスがミリアリアとサリエリを呼ぶ。さらにはアンナコニーまで。


「小娘ども。フーンとエーテルリアクターの回路接続を手伝うが良いぞ」


 言って、ひょうひょいと歩き出す。

 それはすなわち、勉強させてやるという意味だ。


 ミリアリアなんかは喜色満面、見えない尻尾をぶんぶんと振りながらあとを追いかけていく。


 軽く肩をすくめたサリエリとアンナコニーも続いた。

 あんまり顔には出してないけれど、二人も嬉しそうだね。


 魔術を学ぶ人たちにとっては、神様から直接指導を受けるってのは、すごく貴重なことなんだろう。


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