第19章

第281話 持ってる男


 こうして俺は一命を取り留めた。

 いやあ、すごかったな。ノーデンスの解呪は。


 椅子に座らされ、どーんと背中を叩かれたらすごくすっきりした。

 文字通り、憑きものが落ちたみたいに。


「人生には運の良い悪いがあるが、ライオネルには天運があるようじゃの」

「それは、そうかもしれませんね」


 ノーデンスの言葉に俺は笑って応えた。

 絶体絶命の危機だった。


 もし俺がノーデンスの知己となっていなければ、こうして救いの手が差し伸べられることもなかっただろう。


「ネルネルはぁ、悪運が強いだけって説もあるのぅ」


 のへのへとサリエリが笑った。

 なんか、安心して気を抜いた顔ができるようになったって感じだね。


 まあ悪運ってのもあるかもだよな。

 西大陸に飛ばされたせいで、何回死にかかってるんだか。


 それでもなんとかなってしまっているのだから、悪運という言葉の方が近いかもしれない。


「それで、天翔船の方だがな、ライオネル。八割方は解決したようなものじゃ」

「そうなんですか?」

「汝らが乗ってきたビヤーキーな。じつはあれを手に入れろというつもりだったんじゃよ」


 天運があるじゃろ、とノーデンスが笑う。


 ビヤーキーが空を飛ぶための装置が、リアクターシップを宙に浮かせるための装置らしい。

 磁力機関フーンっていうそうだ。


 現代の魔法学では再現できないから、ビヤーキーの現物が必要になるんだってさ。


「一般的な天翔船には四基のフーンが搭載されているんじゃ。これを並列起動させて空を飛ぶわけじゃな」

「俺たちが乗ってきたビヤーキーも、ちょうど四機ですね」


 俺は疲れたように笑った。

 ぴったり同じ数である。

 これはたしかに、持っているといわれても仕方がない。


「欲を言えば、いくつか予備のフーンが手に入れば良かったんじゃがの」

「全部墜としてしまいました。今にして思えばもったいなかったですね」


 墜落したビヤーキーのなかに使えるものがあればいいけど、ちょっと望み薄だ。


 というのも、磁力機関フーンってのはビヤーキーの後部に搭載されてるんだってさ。

 道理でそこが弱点のわけだよね。


 俺はユウギリに、弱点を狙うように指示を出していたもの。

 墜落したビヤーキーのフーンは、たぶん使い物にならないと考えて良いだろう。


 アスカが操縦者を斬ったやつは、もしかしたら装置が生きてるかもだけど、墜落してるからなあ。

 衝撃で壊れたんじゃないかなぁ。


「ともあれ、最低四基のフーンを手に入れろという命題クエストは、出す前に解決してしまったわけじゃ。あとはこれをもってインスマスにいくだけじゃな」


 ぱちんとウインクするノーデンスだった。






 一人乗りのビヤーキーに二人ずつ分乗して浮き上がる。

 つーか本気で狭いな!


 ビヤーキーってのは全長で一丈(約三メートル)、全幅で半丈ほどの大きさなんだけど、操縦席は一人が座るようにしかできてない。


「ミリアリア。そんなにしがみついたら操縦しにくいって」

「仕方ないじゃないですか。狭いんですから」


 なんだか楽しそうに俺の腰にしがみついてるミリアリアだ。

 どうして彼女が俺と一緒に乗っているかというと、一番身体が小さいからだね。

 二番目に身体の小さいメグの後ろにはノーデンスが乗っている。


「ノーデンスさま。もっとしっかり抱きついてくれないと落ちちゃうスよ」

「若い娘の腰にしがみつくというのは気が引けるのう」


 あっちはあっちで騒がしいね。


 他の二機は、アスカとユウギリ、サリエリとメイシャって組み合わせだ。

 やっぱりぴったり密着しちゃってる。


 ビヤーキーの設計者には、二人乗りタンデムも想定してほしかった。


「しないでしょう。戦闘機なんですから」


 くすくすと笑うミリアリアだった。

 たしかにねー。


 空中戦をしたり、地上を攻撃したりするためにビヤーキーは存在している。

 べつに移動のための手段ではない。


「じゃあ、いくぞ」


 四機が縦一列になって飛ぶ。

 横に広がらないのは危ないからだ。


 じつは俺たちの操縦技能って名状しがたき教団の連中よりずっと落ちるから、高度な編隊飛行なんてできないのである。


 眼下に街道を確認しながら、まっすぐにインスマスに向かって。


「いや、ぜんぜんまっすぐじゃないけどな」

「ですね。上から見たら、街道ってこんなに曲がりくねってるんですね。びっくりです」


 上空から俯瞰することで面白い発見ができた。

 もし街道をまっすぐに引くことができたら、移動距離ってかなり節約できるんじゃないかな。


「正確な地図か……」

「またなにか変なことを考えてますね? 母さん」

「マスルの軍事的な優位性について考えてた。べつに変なことじゃないぞ」

「充分に変です」


 呆れたような声が返ってくる。


 リアクターシップ『フォールリヒター』。たぶん輸送や移動のための道具じゃないよな、あれ。

 前から、マスル国内の移動って時間読みがしやすいと思ってたけど、こういうからくりだったんだね。


 地図が正確なんだ。

 だから、ここからここまで何日っていったらその時間で着く。


「マスルとイングラル陛下の恐ろしさを再認識していただけなんだけどな」


 そう言い置いて、俺は少しビヤーキーの速度を上げた。

 ミリアリアが、ぎっとしがみついてくる。

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