閑話 ここでおわりか


 絶望の表情で大主教が首を振り、アスカ、ミリアリア、メイシャの三人はわっと泣き崩れた。


 アーカムシティの至高神教会。


 あっという間の空の旅を終えて駆け込んだ『希望』だったが、邪神ハスターが用いた呪いは、教会を取り仕切るほどの高僧の力をもってしても太刀打ちできないようなものだった。


 それどころか、呪いの進行を遅らせているメイシャの力が、すでに司教級なのである。

 一般的なプリーストなら、触れただけで自分も呪われてしまうだろう。


「そうか。俺は死ぬんだな」


 どこか達観したようにライオネルが言う。

 理不尽な、とは思わなかった。


 死と隣り合わせの生活を送っている冒険者である。軍神などと持ち上げられられても、いつ死ぬか判らない。


「剣に倒れるんじゃなくて呪いで死ぬというのは意外だったけど、遺言を残す時間があるのはありがたいな」


 小さく笑う。

 数え二十五(満二十四)歳。

 無二の親友をその手で葬ってから二年が経過した。


 孤児院に拾われたのは自分がほんの少し早かったが、あの世には少し遅れていくことになるな、などと埒もないことを考える。


「メイシャ、俺が死んだらお前がリーダーだ。ミリアリアは知恵を出して補佐してくれ」


 ライオネルが言葉をかけると、二人はむずかる子供のようにいやいやと首を振った。

 もう数え十八(満十七)歳。成人しているというのに。


「アスカはムードメイカーとして、みんなを盛り上げてくれよ」

「やだよ! 母ちゃんがいなくなったら希望じゃないでしょ!」


 青い瞳から涙を溢れさせて叫んでいる。


「おいおい。最初はお前たち三人で始めたんじゃないか」


 呆れた顔のライオネルだ。


「サリエリとユウギリは国に帰るのかな? 元気でやってくれよ」

「ネルネルぅ……」

「ライオネルさん……」


 いつもふざけたこというサリエリも、質実なユウギリも気の利いたことを言えずに黙り込む。


「メグ。俺の月光なんだが、お前がもらってくれないか?」

「受け取れないスよ……」

「けっこう使いこなせると思うんだけどな」

「そういう問題じゃないス……」


 うつむいたままの言葉。


 闇の世界から救い出してくれ、人間としての生き方を教えてくれた人に死が迫っている。

 それはかえがたい事実だ。


 もし、呪いを自分に移すことができるなら、メグはためらわずそうしただろう。

 それはおそらく彼女だけでなく、アスカでもミリアリアでもメイシャでも同じだ。


 自分自身より大切なもの。

 俗っぽい表現をするなら、彼女らにとってライオネルはそれだった。

 出会っていなければきっともう死んでいただろう、という思いもある。


「なんでこんなことになるんスか……」


 まるで葬式のような空気が至高神教会を包んでいた。


「さて、盛り上がっているところ申し訳ないが、入って良いかのう」


 突如として入り口から声が響き、『希望』の面々が一斉にそちらを見る。


 視線の集中砲火に晒されて立っていたのは、真っ白い髪とひげを持つ老人だが、彼は人間ではない。


 古き神エルダーゴッド、ノーデンス。

 ライオネルたちがアーカムで出会った神格である。





「ノーデンスさま。なぜここに?」


 一同を代表してライオネルが問いかけた。

 善神側に立つノーデンスだが、だからといってわざわざ至高神の神域にくることはない。

 他人の家は落ち着かない、というのは人間でも神でも同じなのである。


「話せば長くなるがの。至高神に頼まれたのじゃよ」

「至高神様が!」


 ばあっとメイシャの顔に希望の光が差す。


「そうとうに焦っておったな。あの尊大な若造が。西大陸はわしにやるから、などと戯言を抜かしておったわ」


 至高神はノーデンスに、ライオネルを救うよう依頼した。

 条件として、世界の四分の一を進呈するとまで言い放ち、かつて自分に敗れた古き神に頭をさげたのである。


「このたわけがといって追い返したがの。ライオネルはわしの客じゃし、仕事もまだ途中じゃからな」


 頭を下げられなくても助ける。


「ノーデンス様……感謝いたしますわ……」


 メイシャが拝跪した。

 敬虔な至高神の信徒である彼女が、別の神に深く深く感謝を捧げる。

 呆れたような顔で、ノーデンスがメイシャを立たせた。


「至高神の愛し子よ。汝からもあの若造に伝えるが良い。至高の存在が簡単に頭を下げるな、とな」


「ですが……百万の感謝を」

「いらんというに。天翔船の修理を依頼した依頼人に仕事の途中で死なれたら困るから助ける。ただそれだけの話じゃ」


 めんどくさそうに手を振るが、古き神の目はとても優しい色をしている。

 息子の成長を喜ぶ老父のような、と表現すれば語弊があるだろうか。


「けどメイシャにも解けなかった呪いが解けるんですか?」

「ネルママ。なんて失礼なことを」


 質問するライオネルをメイシャがたしなめる。

 人間と神ではポテンシャルが違いすぎるのだと。


「いままでの質問の中で、もっともしょうもない問いじゃな。ライオネルよ」


 そしてふたたび呆れるノーデンスだった。


 べつにノーデンスは至高神より力が強いわけではない。

 一度は敗れている身だ。

 しかし西大陸に限定して考えれば、ノーデンスの方が強い力を振るうことができる。


「東大陸ではタイシャクやアマテラスあたりじゃな」


 つまり、至高神が最も強い力を発揮できるのが、信徒の数が最も多い中央大陸なのである。


「神学の初歩の初歩ですわよ。ネルママ」

「俺、神学なんて判らないし……」


「御託は良いからとっとと解呪するぞ。まったく、なんでたかが解呪に大げさに騒ぐのやら」


 わざとらしく面倒そうに言ったノーデンスが、やや強引にライオネルを椅子に座らせた。

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