第280話 死に至る呪い


「ネルママ! 解呪ディスペルカース!」


 駆け寄ったメイシャが神聖魔法で癒してくれる。

 全身を襲っていた倦怠感と痛みが薄れ、視界もはっきりしてきた。

 けど、右手の刺青みたいな痣は消えない。


「わたくしの力では完全に消し去ることはできませんわ……」


 悔しそうな、申し訳なさそうな表情だ。

 俺は左手を伸ばし、金髪を撫でてやる。


「そんな顔するな。だいぶラクになったよ。ありがとな」

「でもこのままでは、ネルママは死んでしまいますわ」


 絶望的な声を出すなって。

 呪いをもらうなんて、冒険者にはよくあることじゃないか。


「何日もつ?」

「毎日ディスペルカースをかけ続けても、十日は保ちませんわ……」


 ぽたぽたと青い目から涙が落ちる。


 あー、泣くな泣くな。

 美人が台無しじゃないか。


「十日もあるなら、充分に対策を考えられるさ」

「ママ……」

「こう見えて、俺はけっこう切れ者で通ってるんだぜ」

「……はい」


 だいぶ無理した感じではあったけど、それでも笑ってくれる。


 うん。

 やっぱりこの娘には笑顔が似合う。


 メイシャの肩を借りて立ち上がり、俺はいくつかの指示を飛ばす。

 その中でもハスター像の破壊は最優先だ。

 ほっといたら五日後に登場しちゃうんだもん。


「アーミテイジ博士。この廃城の始末をお願いして良いですか? 放置しておいて山賊や野盗が根城にしてしまったら厄介ですから」

「もちろんだ。ライオネルくんたちは一刻もはやくアーカムに戻って、教会で治療を受けるんだ」


 アーミテイジ博士も蒼白で、しかも申し訳なさそうである。


 自分が狙われたから俺が呪いを受けたと思ってるんだろう。

 だけどそうじゃない。


 ハスターは最初から俺の動きを読んでいたから、月光の届く距離にいる人物なら誰でも良かったんだ。

 それにまあ、俺で良かったと思ってるよ。本音を言うとね。


 七宝聖剣の攻撃範囲だったらアスカが、エフリートの範囲だったらサリエリがこうなったと思えば、いたたまれなさすぎる。


「母ちゃん。歩くの平気? わたしがおんぶするよ!」

「身長差的にそれは無理じゃないか?」


 俺の方がアスカより一尺(約三十センチ)も背が高いからね。背負われたら足引きずっちゃうよ。

 肩を借りるってのもちょいと厳しそうだし、よさげな長さの棒きれでも拾って杖にするさ。


 しんどいけど、こればっかりはしゃーない。

『希望』には俺しか男がいないからね。体格の差はどうにもならないのである。


「ネルダンさん、いっそビヤーキーで戻らないスか?」


 メグが提案する。

 本拠地を探索した際に、三本足でコウモリのような翼をもった戦闘機を発見したらしい。

 さきほどの戦闘で墜落したものではなく予備の機体だろう。


「そりゃあ歩くよりは楽だろうけど、簡単に動かせるようなものなのか?」

「操作説明書もあったスから」

「説明書を読んだくらいで操縦できんのかな?」


 首をかしげてしまう俺だった。





 結論からいうと、ビヤーキーの操縦はむちゃくちゃ簡単だった。


「ようするに、ほとんどの動きは思考結晶って装置がやってくれます。人間がやるのは指示だけですね」


 マニュアルを読みながらミリアリアが説明する。


 上昇するとか下降するとか前進するとか旋回するとか、そういうのを操縦桿で指示するだけ。

 姿勢を水平に保つとか、乗ってる人間が振り落とされないようにするとか、そういうめんどくさいことは、思考結晶とやらがやってくれるらしい。


「なんかよく判らないけど、すごい技術らしいな」


 説明を聞いても構造的な部分はちんぷんかんぷんだ。

 なんとなくなんだけど名状しがたき教団の連中も、よく判らないで使ってたんじゃないだろうか。


 というのも、ビヤーキーには武装があるらしい。

 にもかかわらずあいつらって、石を投げ落としてたからね。


「地上攻撃の兵装と、対空戦闘の兵装があるらしいですね。ロックがかかっていていまは使えませんが」


 時間をかければ解除できそうだ、とミリアリアが言う。


「いまはそんなことをしてる暇はないのん~ ネルネルをアーカムの教会に運ぶのん~」


 のへーっとした口調でたしなめるサリエリだった。


「そうでした。すみまません。つい」

「いいさ。べつに半刻半秒を争ってるわけじゃない」


 学教の徒だからね。未知の技術があれば解析したいと思うんだろう。


「ネルママは、もうすこし深刻になってくださいな。命がかかってるんですのよ」


 そして、こんどは俺がメイシャにたしなめられるのだった。

 焦っても仕方ないんだけどな。


 ともあれ、俺たちは残っていた四機のビヤーキーに分乗してアーカムに向かうことにした。


 俺だけ一人乗りで、あとはみんな二人乗りである。

 もともと単座型なので二人乗りはけっこう窮屈そうだけど、ビヤーキーの速度ならアーカムまで小半刻(約十五分)もかからない。


 ほんの少しの間だけ我慢だ。


「じゃあ母さん、天井を開けますよ」


 そういうとミリアリアが八つ裂きリングを飛ばし、廃城の天井を切り裂いちゃった。

 視界が開けて曇天が見える。


「どっかに出入り口があったんじゃないのかなぁ」

「それを探すのが手間ですから」


 無茶をいう魔法使いだ。

 まあ、この城自体、もう使えないようにあちこち壊しちゃうだろうから、ミリアリアが穴を空けたってたいした問題にはならないだろうけどね。


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