第277話 熱戦決着


 俺たちが教団の連中を牽制している間にも、アスカとイタクァの死闘は続いていた。


 舞踏ダンスのように。


 奏でられるのは音楽ではなく剣戟の音。

 舞は死の香りをはらみ、どこまでも流麗に。美しく。


 一撃ごとに、一振りごとに、二人の動きは加速していく。

 剣と鎌がぶつかった次の瞬間には、そこから二歩も三歩も離れた場所で打ち合っている。


 どうしてそんな攻撃が放てるのか。

 どうしてそんな攻撃を受けられるのか。


 正直、俺だったら五十回は死んでいるだろう。


「英雄アスカ。私はお前がうらやましい」


 不意に、イタクァが言葉を発した。

 アスカは答えず、ただ構えを解いた。


 て、おい!

 なにやってんだよ!


 と思った瞬間、イタクァが崩れ地面に膝をつく。


「私にお前ほどの力があったなら、主神への道が啓かれただろうに……」


 灰になり、さらさらと風に溶けていくイタクァ。

 アスカは勝っていたのか。

 どういう攻撃で、どうやって致命傷を与えたのか、まったく見えなかった。


「…………」


 そしてそのまま、アスカはゆっくりと後ろへ倒れていく。

 疲れた子供が眠りに落ちるように。


「アスカ!」


 俺は飛び出して、なんとか身体を支える。


「母ちゃん……きつかったよ……」


 絶え絶えの言葉だ。

 よく見ると、彼女の身体は傷だらけのボロボロだ。


「それはそうですわ。悪魔との一騎打ちなんて、なにを考えてるんですの?」


 次の瞬間、アスカの身体が力が柔らかな光に包まれる。

 ロングヒールか。


 メイシャめ、いつでも使えるように発動寸前で待機していたんだな。

 道理でおとなしいと思った。


 振り返れば、そのメイシャがぷんすかと怒りながら近づいてくる。


「邪魔ですわよ。ネルママ」


 ぐいっと、抱えていたアスカを奪われちゃった。

 そして今度は、極大回復の清浄な輝きが満ちる。


「バカアスカ。無茶ばかりして」

「ごめんメイ」

「次にこんな無茶したら、本当に知りませんわよ」


 怒りながら回復魔法を使っている。

 なんというか、安心して怒れる状態になったって感じかな。

 長女役のメイシャは心配性なのである。


「おまいう、ですわ」


 突如として振り返ったメイシャに鼻で笑われちゃった。


 なんだよ?

 俺、なんにもいってないじゃん。

 暖かく見守ってただけじゃん。





「いやはや、イタクァを倒してしまうとは」


 戦場に戻ってきたアーミテイジ博士が、呆れたような顔で首を振った。


「強かったよ! 勝負は時の運だった!」


 回復魔法ですっかり元気になったアスカが答える。

 どっちが勝ってもおかしくなかったんだってさ。


 イタクァにもアスカにも危ない局面は幾度もあって、そのたびに立て直したり、逆に誘いに利用したりしながら戦ってたんだそうだ。

 いつも通りの擬音と勢いで構成された説明だったので、俺も娘たちも全部をきちんと理解したとはいえないだろうけど。


 だから、ものすごい大技で仕留めるとか、そういう派手な決着ではなかった。

 そんな隙が大きくなるような技を使う余地なんてどちらにもなく、ひたすら次に繋げられる技の応酬だった。


 その中でアスカの攻撃の方がより致命傷に近いものを与えていたから、彼女が勝利したのである。


「でも、あと五合くらい競ったら、わたし死んでたと思う!」


 戦士は、痛くても苦しくても、絶対に顔に出してはいけない。

 むしろ不敵な笑みを浮かべているくらいでちょうど良い。

 アスカも、限界が近いことを悟られないように戦っていたのだろう。


「普通は、勝負は時の運などというところまではいけないんだよ。アスカくん」


 苦笑いの博士である。

 気持ちはよく判る、と思って頷いていたら、俺の方にもその表情を向けられた。


「何体もの悪魔を倒してきた、という話を疑っていたわけではないんだがね」

「どれもこれも辛勝ですよ」

「普通は辛勝ではなく、惨敗なんだよ。ライオネルくん」


 うわあ、俺もアスカと同列に置かれちゃった。

 出来の悪い生徒扱いだ。


「と、ともあれ、このまま一気に本拠地を墜としてしまいましょう」


 軍略の学校に通っていたころを思いだし、なんだか気恥ずかしくなって話題を変える。


 ビヤーキー部隊を倒した。イタクァを倒した。

 名状しがたき教団の本拠地に攻め入るなら、今をおいて他にはないってくらいの好機である。


 本当のことをいえば、拠点攻撃ってのは避けたいんだけどね。

 犠牲が増えるから。


 どんな城でも要塞でも、守りやすく攻めがたいようにできてるんだ。

 逆だとまったく意味がない。


 援軍のアテのない籠城ってのは悪手なんだけど、じつは相手の損害を増やすってのが目的だとしたらアリなのである。

 だから、俺も本来は城攻めなんてやりたくない。


 とはいえ、やらないで済ませるわけにもいかないってのは動かしがたい事実だ。


「敵の士気は底まで落ちてると思うんですよね。現状、これ以上有利な条件にはできないかと」

「いや、充分だよ。ライオネルくん」


 大きく頷くアーミテイジ博士。

 厄介だったビヤーキー部隊が壊滅した。上からの攻撃がないだけで難易度は大きく下がる。


「城門を突破して城になだれ込み、ハスター召喚を阻止するぞ!」


 博士が右腕を振り上げ、魔術師たちが気勢をあげた。

 こっちの士気は充分に高まっているようである。

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