閑話 英雄と邪神
剣光を追うように、アスカが一気に距離を詰める。
イタクァとしては月光の遠距離攻撃と、赤毛の剣士のチャージ、どちらに対応するか迷うところだろう。
もし剣光をデスサイズで弾いたら、その瞬間にアスカに斬られる。
あるいは回避した場合は、無防備な側面を晒すことになってしまう。
となれば、ダメージの低そうな方を受けて次の攻撃に備える、という選択肢しか採れない。
採れないはずだった。
しかし、イタクァの動きはライオネルの予測すら上回っていた。
振り下ろされた鎌が剣光を砕き、そのまま回転して、石突き部分でアスカの斬撃を受け流す。
「やるぅっ!」
流された瞬間、アスカが左に跳んだ。
一瞬前まで彼女がいた場所を、一回転してた鎌の刃が通過する。
「闘神アスカ。噂に違わぬ勝負勘だな」
仮面のような顔でイタクァが笑った。
回避不可能な攻撃を逆用して、必殺の一撃をカウンターで繰り出す。
普通に考えたら避けようがないはずのカウンターを回避する。
そういう一瞬の攻防だった。
速すぎて、ライオネルなどは目で追えなかったほどである。
「えい」
「ぐあああっ!?」
突如として絶叫をあげるイタクァ。
腰の後ろあたりを刺されたのだ。こっそりと忍び寄ったサリエリに。
アスカという勇敵を前に、イタクァの意識のかなりの部分がそちらに割かれる。それを見逃すようなダークエルフではない。
イタクァとアスカの一瞬の攻防の隙をついて死角に潜りこんだのだ。
「一騎打ちの邪魔をするか!」
ぶんとデスサイズが振られたしきには、すでに大きく跳び下がっているというそつのなさである。
「一騎打ちだったのぉ? それならそおいってくれないとぉ」
のへーっとふざけた口調で言い放ちながら。
赫怒したイタクァがサリエリを追う素振りを見せるが、一歩目を踏み出そうとして足を止めた。
「ふん!」
と、土ごと地面を蹴り上げる。
「ち」
舌打ちし、サリエリがその場で炎剣エフリートを振り回した。
きんきんと甲高い音を立て、マキビシが地面に落ちる。
「なんで罠があるって気づいたの?」
いつもの間延びした口調ではない。
「お前が跳んで下がったからだ」
跳ぶ、つまり空中にいるというのは、地面に足を付けているより確実に速度が遅くなる。
飛行魔法でも使っていない限りは。
なのにサリエリは、ジャンプして後退した。
死角を突いた攻撃を成功させたのに。わざわざ隙をつくってみせたわけだ。
「ご丁寧に、煽るような言動をしてまでな」
冷静に考えれば児戯にも等しい誘いである。しかし戦場でそんな分析をできるものなどいない。
だから多くのものがこの手に引っかかった。
「そして、さらにその隙をついて闘神アスカが踏み込んでくる」
「ぐ……は……」
後方へと伸ばしたデスサイズの石突きで腹を突かれ、アスカの口から血が溢れた。
「まずい。もろにカウンターを喰らった。メイシャ!」
「判っておりますわ! ロングヒール!」
ライオネルが指示を出したときには、すでにメイシャは回復魔法の詠唱を終えている。
光に包まれたアスカが、崩れそうになる膝でなんとか移動力を作り出し、振り下ろされたデスサイズを回避して跳び下がった。
「…………」
月光を構えたままライオネルがイタクァを睨む。
悪魔の強さはいままで幾度も目にしてきた。
しかし、勝負勘という部分をここまで見せつけられたのは初めてである。
「悪魔ってのは基本的に力押ししかしないのかと思っていたぜ」
「我は弱い方なのでな、ダゴンやクトゥグァなどと比較すると。ゆえに、ちゃんと考えて戦うさ」
「弱いってこと認めてしまっていいのかい?」
ライオネルは鼻で笑ったが、内心では冷や汗を流していた。
自分の強さを信じて疑わないような敵というのは、いくらでもつけいる隙がある。
本当に厄介なのは、自分の弱点を自覚してそこをきちんと補ってくる相手だ。
「母ちゃん。みんな。こいつはわたしが相手をする」
口にたまった血をぺっと吐き出し、アスカが宣言した。
援護不要、と。
なにか言おうとしたライオネルだったが、無限の数瞬のあとに頷く。
搦め手を使えば使うほど、小細工すればするほど、こちらが不利になる。
イタクァは裏を狙えるから。
ならば小細工抜きの真っ向勝負こそが最適解。
そして『希望』で一番強いのは、英雄アスカだ。
「七宝聖剣。わたしの力を宿して」
ひときわ強い魔力の輝きを放つ剣。
アスカの力、すなわち勇気の心である。
仲間を守り、何者にもひるまず、ただまっすぐに道を啓いていく希望の光だ。
「『
名乗る。
奉られた闘神という称号ではなく。
ふ、と、笑みに近いものをイタクァが浮かべた。
「風に乗りて歩くもの、イタクァ」
邪神の眷属もまた名乗りかえす。
すっと伸ばされた剣とデスサイズ。相手を指し示して。
まるで騎士の決闘のように。
「「推して参る!!」」
アスカとイタクァの声が重なり、同時に踏み込む。
目にもとまらぬ一撃。
剣と鎌がぶつかり、彼女らを中心として広がった衝撃波がライオネルたちの顔をゆがめる。
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