第275話 風に乗りて歩くもの
サリエリが撃った
そして両軍の中間地点あたりで、それらは互いに吸い寄せられるようにぶつかる。
瞬間、大爆発が巻き起こった。
ものすごい音と、立っていられないほどの衝撃波。
キノコ状の雲が巻き起こり、刻ならぬ豪雨が降り注ぐ。
希望の最大火力、フレアチックエクスプロージョンの魔法だ。
サリエリとミリアリア、二人がいないと発動しない大魔法であり、威力としては、たぶん数百人を一瞬で吹き飛ばすことができる。
まあ禁呪指定されちゃったから、人に対しては使えないんだけどね。
なにが起きるか伝えておいた西方魔術結社の部隊は、両手で耳をふさいで口を大きく開き、姿勢を低くして衝撃に備えている。
五町(約五百メートル)ほども離れているけど、初めて目にしたら驚いてひっくり返っちゃうからね。
そして名状しがたき教団は、びっくりでは済まないはず。
直撃してないとはいえね。
リントライト軍なんて一発で全軍崩壊しちゃったんだから。
「母さん! 魔素が!」
「まずいぞライオネルくん。空を見たまえ!」
ミリアリアとアーミテイジ博士が同時に警告を発した。
あっという間に雨がやみ、雲は崩れて空へと吸い込まれていく。
なにが起こっている?
魔力が吸い上げられているってこと?
いあ いあ はすたぁ はすたぁ くふあやく
ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん
あい あい はすたぁ
不気味な大合唱に視線を転じれば、黄衣の集団が両手を空に向けて、一心に詠唱している。
「母さん! 一人も減ってません!」
ミリアリアの報告は悲鳴に近い。
距離があったとはいえ、フレアチックエクスプロージョンを目撃したんだぞ。なんで平然と呪文の詠唱できるんだよ。
「何かくる! みんな下がって! はやく!!」
鋭くアスカが警告した。
同時に、空が割れる。
現れたのは人間……のような形をしていた。
紫の蓬髪、赤く燃える目、そして人間というには細すぎる身体。
「……イタクァを呼んだのか。ハスターに先駆けて……」
アーミテイジ博士の声はからからに乾いていた。
けど、立ち止まったらダメだって。
かっとイタクァが口を開けば、雷光が降り注ぐ。
「大仰な登場をした割にはつまらない芸ですわね。ホーリーシールド!」
待避する人々の最後尾に立ち、メイシャがビショップスタッフを振り上げる。
現れるのは光の盾が五枚。
まるで花びらのような形に広がり、ゆっくりと回転しながら雷を受け止め、外へと流す。
リアクターシップ特攻の衝撃波を受け流したときのやり方だ。
もともとはミリアリアのアイデアだったのだが、たった一回やっただけで、もう自分の技にしてしまったのか。
本当にメイシャの才能は天井知らずである。
神に愛されたという表現がそのまま当てはまるような人物だ。
唯一の欠点はすぐにお腹がすいて動けなくなってしまうということだろうか。
「名付けて、ホーリーシールド花びら大回転ですわ」
あ、もういひとつ欠点あった。
なんだそのネーミングセンス。
「ホーリーシールドウィンドミルとか、格好いい名前を付けてやれよ」
提案してやる。
あるいは、聖なる風車とかの方がいいかな?
ぽん、と、肩を叩かれた。
メグだ。
なんでお前、達観したような半笑いなの?
ゆっくりと地上に降りるイタクァ。
初撃を完璧に防がれたのに余裕たっぷりだ。
「博士。魔術師たちと一緒に後退してください。こいつは俺たちが」
「しかし……」
「悪魔に数で当たるのは無意味です。博士なら知っているでしょう」
「イタクァはハスターの眷属だ。強敵だぞ」
渋る博士だったが俺の説得に頷き、情報だけを残して後退する。
悪魔を軍隊で囲むのは意味がない。
人の恐怖や生命力こそがこいつらのエネルギーだからだ。ちょっとでもびびったやつがいたら、そこからどんどん恐怖は伝播する。
そのぶん悪魔は元気になり、人間の勝算は低くなってしまうのだ。
「
芝居じみた声と口調でイタクァが話しかけてくる。
やっぱり俺たちのことを知っていたか。
悪魔どものネットワークって、どうなっているんだろうな。
「人違いじゃないか?」
素直に頷いても良いんだけど、俺はとぼけてみせた。
その間にアスカとサリエリが前に出る。
俺が中央で中段、後ろにミリアリア、メイシャ、ユウギリ。
メグはいつの間にか姿を消している。
「人違いとな? ではお前は軍師ライオネルではないというのか?」
名前まで知られちゃってるよ。
やだなぁ。
勘弁してほしいなぁ。
「俺はライオネロさ」
「世迷い言を。それが遺言でいいんだな」
肉食獣の笑いを浮かべたイタクァの手に
「良くはないな。もうちょっと格好いい言葉を残して死にたいもんだ」
「気にするな。人間の九割は、最期に愚にもつかない言葉を吐く」
「なるほど。じゃあ、あんたは死ぬときにどんな言葉を残すんだろうな」
シニカルに笑い、俺は腰の月光を抜いた。
「いくぞ! 皓月千里!」
ぶんと振り抜けば、三日月型の剣光が飛び出し、イタクァへと迫る。
開戦を告げる鏑矢のように。
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