第274話 戦訓


「三十機以上いたビヤーキーが、小半刻(約十五分)もしないうちに……」


 呆然とした様子でアーミテイジ博士が呟いた。


「うまく進んで良かったですよ」


 俺はにこっと笑って見せる。


「『希望』というのはここまでのものなのか……」

「いいえ? 博士がつれていた魔術師部隊の戦功なんです」


 百二十名の魔術師で張った弾幕。

 じつはこれがすべてだったりする。


 あれのおかけでビヤーキー部隊は容易に接近できなくなった。

 つまり動きを制限することができたのである。


 弾幕のせいで攻撃範囲に入れない。上からはアスカとサリエリが睨みをきかせている。

 まあ普通は集中力を欠いてしまうさ。


 動きが散漫になったら、もうユウギリにとっては的でしかないからね。


「霊弓イチイバル。ノーデンス様が失敗作とおっしゃっていた弓が、これほど強いなんて……」

「使い方次第なんですよ、博士。よほどのトンデモ武器以外なら、運用を間違わなければちゃんと成果はついてきます」


「私は心得違いをしていたようだ。弓矢は魔術に劣るものだと思い込んいた」


 ばんと自らの額を叩き、アーミテイジ博士が自省する。

 一発の威力や、攻撃方法の多彩さでは魔法に軍配が上がるだろうと俺も思う。でも弓の利点はそこじゃない。


 まず手数てかずが出せるし、発射の寸前で狙いを変えたりという柔軟性もあるんだ。

 そして今みたいに飛ぶスピードそのものが、魔法より速いのである。


「たとえば弓兵部隊を用意して矢に魔力付与する、ということもできそうですな」

「さっそく戦訓を取り入れましたね。西方魔術結社は魔術師の数が多いから、そういう頭おかしい運用は可能でしょうね」


 ははは、と、俺は乾いた笑いを浮かべた。

 その手には気づいてほしくなかったなあ。


 ミリアリアが使うエンチャントにしても、メイシャのホーリーウェポンにしても、一度の発動で一つの武器しか強化できない。


 マキビシにホーリーウェポンをかけて使うのは俺たちの定番戦法だけど、十個のマキビシに対して十回かけないといけないって話である。

 けっこうな手間なんだ。


 でも、魔術師がたくさんいるとしたら話は違ってくる。

 百二十名の魔術師なら、同時に百二十本の矢に魔力付与できるってこと。


 鋼鉄の盾すら易々と貫くような矢が百二十本も降ってくるって想像してくれ。やばいだろ?


「良いヒントをもらいましたよ。ライオネくん」

「これだから、頭の良い人の前で戦術を披露したくないんですよね」


 対空防御としての弾幕に弓兵の運用。

 まったく、いくつの戦訓を拾われたんだか。






 ビヤーキー部隊を壊滅させたことで士気が上がり、西方魔術結社は進撃を再開する。


 戦闘での死者と重傷者は十九名。

 彼らの後送などは後続部隊に任せ、主力は一気に本拠地を突く。


「という感じでどうだろうね。ライオネルくん」

「博士は本当に学究の徒なのかと訊きたいレベルの判断ですね。お見事です」

「じつはこう見えて、若い頃はけっこう冒険をしていたのだ。ダニッチ村で起こった怪事件を解決したりしたんだよ」


 照れくさそうに笑う。

 俺はその事件を知らなかったが、やはり悪魔が絡んだおぞましい事件だったらしい。


「ライオネルくんがいれば、あんなに犠牲は出なかっただろうな」

「俺まだ生まれてないじゃないですか」


 三十年以上も前の事件なんだってさ。


 行軍は順調に進み、やがて目的地の廃城が見えてきた。


 その全面に展開する兵力は目算で五百くらいかな、みんな黄色いローブをまとっている。

 名状しがたき教団のイメージカラーが黄色なんだそうだ。


「あれが全部魔術師なんでしょうか?」


 横に立ったミリアリアが訪ねる。


 だとしたら、ものすごい戦力だ。

 西方魔術結社の魔術師百二十人ってのだって、中央大陸じゃ考えられない数でもの。


 魔法隊なんてせいぜい数人。多くても十五、六人ですよ。

 ひとつの国が戦場に動員できる数としては。


 桁が違うんだよね。

 ただまあ、一人一人はそんなに強いわけじゃない。今のミリアリアと比較したら五段か六段くらい落ちると思う。


 アイシクルランスまでは使えない感じかな。

 それでも数が数なんだけどね!


 百二十人が一斉にマジックミサイルを撃つって考えてみてよ。対応策、さすがに考えつかないから。


「それにしても、ビヤーキー部隊が全滅したってのに、まだまだやる気満々だな。逃げるかと思ったのに」


 うーむと俺は腕を組んだ。

 聞いた話だと逃げ足も速いってことだったのにな。


「こちらは百二十。相手は五百。たしかに逃げるような状況じゃないけどな……」


 すでにビヤーキー部隊を失っているのである。

 士気が下がっているはずで、そこがちょっと腑に落ちない。

 なんか嫌な感じがするんだよな。


「このまま開戦したくない雰囲気なんですよ。博士、ちょっとでかい魔法で牽制して良いですか?」

「ライオネルくんがそういうなら、なにか罠があるかもしれないね」


 という言葉で、アーミテイジ博士は俺の作戦に頷いてくれた。

 サリエリとミリアリアに目配せする。


「中間地点に頼む」

「了解です」

「りょ~」


 心得顔で笑う二人だった。

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