第273話 新戦法「魔力弾幕」
邪神ハスターの降臨まで五日しかない。
悠長にその日を待つ、なんて選択肢があるわけもなく、俺たちはすぐに名状しがたき教団の本拠地へと侵攻を開始した。
アーカムから南に一刻(二時間)くらいの場所にある廃城を根城にしているらしいね。
なんでそんな襲撃しやすい場所を本拠地にしているのかと思ったけど、この戦闘機『ビヤーキー』の存在だったんだね。
こいつらを運用するなら街道とか草原とか、遮蔽物がない場所の方が良い。
街からのこのこ隊列を組んでやってくる軍隊なんて完全に的だもの。
「博士。このまま対空射撃を継続させてください。無理に狙わなくて良いです。こう、全体に幕を張る感じで」
手振りで説明する。
正直に言って、あんなに高速で飛んでたら狙って当てるのは至難の業だ。マジックミサイルには誘導性があるからつい狙いたくなっちゃうだろうけどね。
それよりもばーっと全体にばらまいて、敵の行動を制限した方が良い。
「魔力弾の幕。弾幕ってところですね」
「了解したよ。ライオネルくん」
なんとなくイメージしてもらえたのか、アーミテイジ博士が頷く。
対空戦闘のノウハウなんて、それこそハーピーの群れでも近くにあるような地域の人でないと持ってない。
俺だって、そんなに何度も経験があるわけじゃないけど、でかい相手と戦ったことならある。
「アスカとサリエリは飛行魔法で上空へ。なるべく敵の上を抑えるようにしてくれるか」
「高度だけならできますけど、スピードがぜんぜん違いますよ?」
首をかしげるのは、じっさいに魔法を使うミリアリアだ。
飛行魔法の速度は目算でビヤーキーの半分くらい。
まともに接近戦なんかできるような速度差じゃない。
「牽制で充分だ。頭を抑えられたら連中だって気になるだろうしな」
「でぇ、上からちょろちょろと嫌がらせの攻撃をすればいいんだねぃ~」
さすがサリエリ、一瞬で俺の意図を理解してくれる。
「いやがらせ! わかった!」
びしっと右手を挙げるアスカだけど、本当に判っているかどうかは謎だ。
まあ、適当に飛び回ってるだけでも充分な効果はあるから良いんだけどね。
ビヤーキー部隊の連中だって、空中戦の経験は少ないだろうし。
「ミリアリアとメグは、地上を警戒していてくれ」
「んんぇ? 敵は空スよ?」
メグが首をかしげる。
「そうなんだけど、いま一番やられたら嫌なことが、空戦力と地上戦力の連係プレイなんだ」
俺たちはビヤーキーへの対処で精一杯。この状態だと、百人程度の部隊だとしても地上戦力を押し出されたら、もうなんにもできない。
好きなように蹂躙されるだけ。
尻尾を巻いて逃げるしかなくなるんだ。
なのでメグには接近する部隊がないか監視してもらう。ミリアリアは万が一地上部隊が現れたときの備え。
彼女の魔法でわずかでも足を止め、その隙にたたんで逃げるという算段である。
「どうでしょう? 母さんが危惧するようなことをやってくる頭が、相手にありますかね?」
ふふっと笑うミリアリア。
そんな頭があったら、西方魔術結社はとっくに負けていただろうと。
まあ、俺もそう思うけど、備えないわけにはいかないさ。
「そしてユウギリ。今回の肝はお前だ」
「私ですか?」
「ああ。このなかで、一番速い攻撃がユウギリの矢だからな」
「それは、たしかに」
ビヤーキーの三倍以上、魔法に比べても倍くらいの速さで矢というのは飛ぶ。
しかも十間(約十八メートル)程度の距離ならば、ユウギリは目をつぶって射たって命中させる技倆の持ち主だ。
「霊弓イチイバルの出番だ。ユウギリの腕と性能を見せつけてやれ」
一本の矢を弦につがえ、ぐっと引く。
すると、ユウギリの周囲に九本の矢が浮かんだ。
「なるほど。こういう感じなんですね」
すっと視線を空中で滑らせたのは、狙いを定めたのだろうか。
繊手が矢を離せば、空中にあるビヤーキーが十騎、ぐらりとよろめいた。
さすが。
一本の外れ矢もなしか。
そして、わずかでも足が鈍った瞬間を、うちのアタッカーたちは見逃したりしない。
「剣に宿れ機転の閃き! 其は朋友メグの力なり!」
アスカの声が空に響き、足を止めたビヤーキーの乗り手が次々と地上に落下してくる。
あいつ、超加速でビヤーキーからビヤーキーに飛び移ってるのか。
無茶苦茶を通り越してるなぁ。
わけのわからない攻撃に、ビヤーキー部隊が混乱する。
そうなったら、ますますユウギリの的だ。
「もう一射、いきますね」
ふたたび空中のビヤーキーが十騎よろめいた。
今度はそこにサリエリの攻撃魔法が着弾する。
後部あたりから火を噴き、墜落してくるビヤーキーもいるな。
あそこが弱点か。
鳥でいうと尾羽の部分かな。そこを破壊されると飛んでいられないようだ。
「たったの二射で矢筒がほぼからです。効率が良いのか悪いのか判りませんね」
ユウギリが小首をかしげる。
二射で二十騎の足を止めたんだから、戦闘効率としては充分だ。
だけど継戦という点では、たしかに微妙ではある。
「そのための予備さ」
四本しか残っていない矢筒を受け取り、俺は腰に提げていた矢筒を渡した。
俺のベルトには矢筒が二つぶら下がっている。
格好悪いけどね。
剣士なのに補給係なんですわ。
ちょっと悲しい。
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