第272話 戦闘機ビヤーキー
その人物はアーミテイジ博士といった。
ミスカトニック大学の教授であり、西方魔術結社の幹部でもあるという。
「『希望』の名は西大陸まで轟いていますよ」
穏やかそうな、けど理知的な光を瞳に宿した紳士だ。
こういう人に褒められると、恐縮してしまうよな。
「お耳汚しでした」
魔術結社を訪ねた俺たちは、窓口で二言三言話すと、すぐに応接間のようなところに通された。
そして相対したのがアーミテイジ博士というわけである。
「悪魔を倒した勇者に一度はお会いしたいと思っていました。夢が叶いましたな」
「どれもこれもヤバかったけどね!」
元気にアスカが答えた。
ダゴンは本気でヤバかった。そしてヤバかったを通り越して、ダンタリオンには負けるところだったよな。
「それでも倒した。悪魔との戦いは結果がすべてですからな」
「善戦したけど逃げられたというのが、一番まずいですからね」
博士の言葉に、俺はこくりと頷いた。
悪魔にはどうやらネットワークがあり、どの悪魔が誰によって倒されたのかは判るらしい。
これは人間にとって大変に不利益だ。
しかし、どうやって倒されたかまでは伝わっていないらしい。同じ手が通用することから推理できることなんだけど、もしこの情報まで伝わってしまうと、人間側の不利益はより大きくなる。
戦訓を取り入れられてしまうからだ。
簡単に言っちゃうと、聖なるマキビシが通用しなくなるだけでも、俺は作戦を一から組み直さないといけないってこと。
この不利さ、わかってもらえるかなぁ。
「そして、我々もそれに悩んでいます」
ふうとため息をつき、アーミテイジ博士は本題に入った。
古き神ノーデンスから依頼された、西方魔術結社の困りごとに手を貸すという案件である。
いま彼らは、邪神を信仰する宗教団体と戦争中だという。
『名状しがたき教団』というらしいのだが、なかなかに狡賢く、強く、しかも逃げ足も速いという厄介な連中で、西方魔術結社も手を焼いている。
「邪神っていうか、悪魔が絡んでいるなら、俺たちには関係ないことだなんて言えません。ノーデンス神の依頼がなくても協力させてもらいますよ」
「さすがは名にし負う『希望』の軍師ライオネル。こんなに心強いことはありません」
俺が差し出した右手を、アーミテイジ博士は握り返した。
悪魔を倒すことは、人間としての義務だからね。
「名状しがたきってことはぁ、相手はハスターかなぁ」
サリエリがのへーっと言う。
ていうか、悪魔の名前をさらっと口に出すのやめなさいって。背筋がぞわっとするじゃないの。
「有名なのか?」
「まえにぃ、やっつけたぁ、ニャルラトテップってのがいたじゃなぁい? あれよりぃ、にょんにょんにょんって三段階くらい強い感じぃ」
その適当な擬音に何の意味があるかわからないけど、あれより強いとなるとだいぶ厄介だ。
「またえらい大物と戦ってますね。西方魔術結社も」
「まだ邪神自体は現れていないんですよ。星辰が合わないですから」
アーミテイジ博士が軽く腕を広げてみせる。
ただ降臨が目前に迫っているため、教団は迎えるべく活性化しているし、魔術結社はなんとか降臨を阻止しようと奮闘している。そういう状況だ。
「きたぞ! 迎撃用意!」
アーミテイジ博士の号令で、西方魔術結社の魔術師たちが一斉に
あ、こっちでは魔法使いっていわないで、魔術師って呼ぶらしいよ。
ともあれ目標は迫り二十近い飛行体だ。
大きさは八尺(約二・四メートル)ほどで、三本の足と鳥ともコウモリともつかない黒い羽を持つ怪物で、上には人が乗っている。
戦闘機『ビヤーキー』。
名状しがたき教団の主力兵器だという。
「空からの攻撃……まじかよ」
空を飛べる魔導機械って、リアクターシップだけだとおもってたよ。
無数に打ち上げられるマジックミサイルを難なく回避するビヤーキーを見ながら、俺は呟いた。
ジークフリート号よりも高速で、しかも不規則に飛び回るからこっちの魔法がぜんっぜん当たらないのである。
「ミリアリア。ロックできないか?」
「あの速度じゃ無理ですよ。まっすぐ飛んでるだけならまだしも」
だよな。
狙って、撃ったときにはもうずいぶん進んでしまっている。
しかも上昇したり下降したり曲がったりするから、進路を予想して撃っても当たらないんだ。
いかにも厳しい。
そうこうするうちに、ピヤーキー部隊は最接近して真上から石を投げ落としてきた。
「防御魔術展開!」
ふたたび博士の号令。
メイシャが使う聖なる盾とはまた違う、半透明の幕が空中に広がる。
が、いくつもの石が降り注ぐと、あちこちに穴が空いて、下にいた魔術師に当たった。
悲鳴があがり、地面に倒れこむ者が続出する。
たかが石、ではない。
十間(約十八メートル)もの高さから落とされた石は、充分な殺傷力があるのだ。
「これはきついな……むしろよく戦ってるというべきか」
ビヤーキーを一騎やっつけるのに、こっちの魔術師は五人くらいやられている。
損耗比率なんて言葉を使うのが馬鹿馬鹿しくなってしまうレベルだ。
魔術師の数が多く、反対にビヤーキーが少ないからなんとか支えられているだけで、いずれこちらの人員が減ったら対応できなくなるのは明白である。
「博士。俺たちも戦って良いですか。もうすこし状況をラクにできると思います」
腕を組んだまま、俺はアーミテイジ博士に提案した。
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