第270話 霊弓イチイバル


「この地にはけっこう古き神がすみついてるんじゃよ。若いの」

「そうなんですか」

「魔術の都などと呼ばれて魔法の研究も盛んだしの。至高神教会も悪事を働かぬ限りは不干渉なんじゃ」


 それでノーデンスはこんな武器屋を営み、魔法のかかった武器を製作しながら暮らしているという。


「あんまり売れないんじゃがのう」

「そうでしょうね……」


 しみじみと頷いちゃったよ。

 火焔耐性のあるペティナイフとか、誰が買うって話だよ。


 当たり前だけどマジックアイテムだからすごく高いしね。このペティナイフだって、平均的な労働者の年収の三倍くらいする。


「これで食べ物を切ると適度に冷ましてくれるでの。猫舌の人も周囲にばれずに熱々のステーキを食えるという次第じゃ」

「狙いがピンポイントすぎるスよ……」


 おとなしく椅子に座ったまま、メグが両手を広げて見せた。

 猫舌の人のためのペティナイフ。


 うん。

 そんなん買う人いないとおもうよ。


 そうまでして隠したいものでもないでしょ? 猫舌なんて。


「それで、その弓はどうして失敗作なんですか?」


 どこか釈然としない顔でユウギリが訊ねる。

 悪魔にカテゴライズされるような人と、こんなふうに普通に話せていることに違和感があるんだろう。

 俺だってそうだもの。


「この『イチイバル』は、一本の矢を引く力で十本まで同時発射できるんじゃ。しかも矢は視線誘導で飛ばすことができるんじゃよ」

「え? すごい高性能じゃないですか?」


 ユウギリへの説明なのに、思わず口を挟んじゃった。


 だって十本同時発射って無茶苦茶すごいよ。

 絶倫の射撃技能を誇るユウギリだって、同時発射は三本までだ。


 どこが失敗作なのかさっぱり判らない。


「わしも作ったときは、こいつはすごいものだと思ったんじゃ。だからオーディンの小僧が使ってる弓の名をつけたんじゃがな」


 オーディンってのもきっと古き神なのかな?

 神様が使う武器の名前をつけるなんて、そうとうな自信作だったんだろう。


「じゃが、こいつにはどうしようもない欠陥があった」

「それはなんでしょう?」


「たとえば娘。汝の矢筒には矢が何本入っておる?」

「あ!?」


 そっちかー!


 言われて俺も気づいたよ。

 ユウギリの矢筒には、普段はだいたい二十本ちょっとくらい矢が入ってる。


 で、基本的には射た矢は回収して再利用するんだ。

 できないものも多いけどね。矢羽を噛み千切ったやつとか。


「基本的には二十四本です。ということは」

「全力発射を二回したら打ち止めかあ」

「しんどいじゃろ?」


 矢の消耗のことを考えてなかったと肩をすくめるノーデンスだった。

 弾切れをおこした弓術士アーチャーほど役に立たないものはない。じっさいユウギリだって、弓以外の武器って小刀が一本くらいである。


「いや、でも使い方によるか」


 頭の中でシミュレートしてみた。


 普段通りの使い方をすれば、矢が足りなくなるということはないだろう。

 現実、いままで足りなくなった事はないわけだし。


 過去は必ずしも未来を約束しないけど、目安にはなるからね。


「どうだろう? ユウギリ」

「全力発射は切り札ということですね。判りました」


 こくりと頷くのを確認して、俺はノーデンスに向き直った。


「この『イチイバル』、買わせていただきます」


 と。







 まあ、物好きとか散々いわれたけどね。

 たしかにちよっと性能がとがりすぎていて、運用が難しい武器ではある。


 けどユウギリなら使いこなせると思うし、たとえば俺が腰に予備の矢筒を提げておくとか、そういうのやり方もあるんだ。


 それを必要に応じてユウギリに渡す。

 補給担当ってやつだね。


「それに、買ってノーデンスさんとよしみを通じておきたいって狙いもあります」

「ストレートじゃな」


 好々爺然と笑うノーデンス。

 神々の戦いに敗れて悪魔ってことになっちゃったけど、基本的には善神なんだろうね。

 つい先日ユウギリが神降ろしをしたアマテラスみたいな感じかな。


「船が壊れてしまいましてね。直すための材料だの職人だのを探していたんです。ノーデンスさんなら心当たりがあるかな、と」


 俺も笑ってみせた。


「わしは船大工ではないぞい」

「でも古代魔法王国時代の遺物ですからね。ノーデンスさんなら俺たち以上の知識があるでしょうし」


 リアクターシップのことを軽く説明する。

 ここに至った経緯まで含めて。


「天翔船か。まだ生き残っていたのじゃな。興味を煽って、さらに上手いこと持ち上げる。なかなかの交渉術じゃな。若いの」


 俺はどうもと肩をすくめた。

 交渉ってほどじゃなくて、わりと直接的なお願いである。

 それを判った上で、ノーデンスもからかっているんだろう。


「たしかに興味深い。天翔船を見るのは数千年ぶりだし、手を貸すのにやぶさかではないが」

「保留付きですか?」

「『イチイバル』の代金だけではちと安いのう。汝らは冒険者じゃろう? であれば、ひとつわしの依頼を受けてみぬか?」


 にっと笑う古き神。


「そうきましたか。良いですよ。お話を伺います」


 神からの命題クエストとは、冒険者ではなくて、まるで聖職者みたいだなと思いながら、俺はノーデンスの正面の椅子に座った。



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