第269話 エルダーゴッド


 想像していたよりでかい町だった。

 町の中央部にはわりと大きめの川が流れており、これがミスカトニック川といって大学の名前にもなってるらしい。


 人口はざっと三十万。

 新ミルト市とかと変わらないレベルだ。


「活気があるスけど、裏町はそこそこ汚れてるスね。ストリートチルドレンもそれなりにいるように見えるス」

「つまり普通の都会ってことだな」

「そうスね」


 俺とメグが肩をすくめ合う。


 娼婦やストリートチルドレンというのは、ど田舎の農村なんかにはいない。

 街が栄えれば栄えるほどに生み出されるひずみ・・・みたいなものなんだ。

 これをゼロにすることは難しい。


 都会の華やかさに憧れ、食虫花の香りに引き寄せられる虫みたいに人間って集まってくるから。

 そして都会にきたからといって仕事にありつける人ばかりじゃない。


 食えなくて盗賊団に入ったり、春を売ったりする連中が出てくる。そうして望まれない子供が生まれ、道ばたに捨てられるのだ。


 俺とかアスカとかミリアリアとかメイシャとかメグみたいにね。


 それでも孤児院に拾われたり、盗賊団ギルドに拾われたりして、俺たちは生き延びることができた。

 幸運にあずかれず、死んでいった子供たちも多い。


「中央も西も一緒スね」

「時代が進んで、民には生きる権利があるんだってみんなが認識を共有できたら、こういうのもなくなっていくかもだけどな」


 いまはそんなもんはない。

 民ってのは、税を納めてそこに住まわせてもらってるだけ。

 権利なんてものは、何一つないのである。


「いいスね。そういう国をネルダンさんが作ってくださいよ」

「俺が旗を揚げても、ついてきてくれるやつがいるかねぇ」


 ふざけあいながら通りを歩く。

 やがて宿で聴いた武器屋の看板が見えてきた。





「たしかにちょっと面白い品揃えスね」


 陳列棚を眺め、ふーむとメグが腕を組む。


 昨夜、宿に併設されている食堂で得た情報によれば、マジックアイテムなども取り扱っているちょっと変わった武器屋があるとのことだった。

 そして訪れた『ノーデンスの店』は、たしかにちょっと変わった品揃えである。


「火焔魔法に耐性のあるペティナイフ。これはいったい何に使えばいいんスかね?」

「ドラコンブレスを受けるとかか?」

「ナイフ以外が黒焦げになる未来しか見えないス」


 まったくだ。

 炎耐性なら盾とか、あるいは前に俺か使っていた焔断みたいな剣につけて炎を切り裂けるようにしたいところである。

 ものがペティナイフでは、攻撃にも防御にも使えないだろう。


 魔法ってのは、小さいものにかける方が難しいらしい。

 だからいわゆる魔法剣は、それなりにでかいのが多い。

 メグの持ってるマジックダガーなんかは、だからこそ貴重だったりもするんだよね。


「マジックアイテムのペティナイフってのは、技術的にはすごいと思うんだけどな」


 俺としても首をかしげちゃう。

 なんだかすごく技術の無駄遣いくさい。

 そういう品揃えなのだ。


「あ、でも弓もあるスね」

「ええ。強い魔力を感じます」


 メグが指さした方を見て、ユウギリが頷く。

 もしかして掘り出し物かな。

 三人で壁に飾られた弓の方へと歩を進める。


「それは失敗作じゃ。オススメしないぞい」


 と、カウンターの奥から声が聞こえた。

 ぬっと店主っぽい人が顔を出す。


 すっかり頭頂部の髪が絶滅して、残った側頭部もヒゲもまっしろな老人だ。


 見るからに気むずかしそう。

 俺とメグはそういう印象を抱いた程度だったが、ユウギリは違っていた。


「悪魔!?」


 叫んで両手を広げ、俺たちをかばうように立ち塞がる。


 ちょっと、おやめなさいって。

 ろくな武装もしていないユウギリが前に出てどうするのよ。


 また自分が盾になろうとか思ってんじゃないでしょうね。


「悪魔が街にいるとか。意味不明すぎて泣けてくるな」


 そう言って俺はユウギリの腕を引き、自分の身体の後ろに隠す。


「わしを悪魔と呼んで警戒するということは、汝らはこのあたりの者ではないな」


 老人はひょいと虚空に手を伸ばした。


「にゃあ!? なにするんスか!?」


 次の瞬間、猫つまみされたメグが姿を現す。

 ていうかいつのまに隠形してたんだ。そしてそれにすらこの悪魔は気づいていたってことか。


「わしはノーデンスといってな。人間に対して友好的な悪魔……というか古き神エルダーゴッドなんじゃよ」


 よいしょとメグを椅子に座らせるノーデンス。

 店の名前と一緒か。ということは、町の人はこの老人の正体を知っている?


「古き神?」

「ざっくりいうと昔は神としてあがめられていた。人間の尺度で数えれば四万年前に至高神が台頭して、わしら古き神々はまとめて悪魔ってことにされたんじゃ」


 神々の間で戦いがあったんだって。

 そんで、負けて悪魔にされちゃった神もいるんだそうだ。


 こういう悪魔は、たとえばダンタリオンとかとちよっと違って、べつに破滅思想は持っていない。

 至高神も、討伐せよとは言わない。


「神としてふたたび立たない限りは、な」


 なんと、神々にも権力争いとかあるんだねえ。

 意外なような、でもなんか納得できるような。

 至高神ってすごく寛大だけど、敵に対しては容赦ないもんなぁ。


 

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