第267話 インスマスを領地にしますか?(はい/いいえ)


「とりあえず修理できないか、あがくだけはあがきましょう」


 すっぱりと諦めて自沈させてしまう、という選択をするには、きっと俺は貧乏性すぎるのだろう。

 世界で唯一の航空技術である。失うのはもったいないと思ってしまうのだ。


「具体的にはどうします? 母さん」


 こてんと首をかしげ、ミリアリアが訊ねる。


 口には出さないが、茶色の瞳には不安が宿っていた。

 賢い彼女はリアクターシップが俺たちを縛る鎖になる未来が見えているのだろう。


 極端なことをいえば、リアクターシップさえ諦めてしまえば行動の自由はけっこう出てくる。


 全員でアーカムシティまで移動して中央大陸にいく船を探せば良いだけ。

 どこの国に上陸する便があるのかは探してみないと判らないけど、渡ってさえしまえばあとは陸続きだ。


 いくらでもやりようはある。


 で、そんな結論で良いなら、ミレーヌさんは俺に委ねたりしないんだよね。

 彼女が言外に要望したのは、全員が無事に、リアクターシップも一緒に、ちゃんとマスルまで帰る方法を構築してくれってことなんだ。


 きついでしょ?


「まずは、インスマスの住民の協力を得ようじゃないか」


 ミリアリアのとんがり帽子をちょっと直してやり、俺は島の端っこを指さした。


 泡を吹いて気絶しているマーシュがいる。

 悪魔の岩礁まで送り届けてくれたインスマスの町長だ。


 彼は、俺たちがダゴンに勝利してインスマスを解放してくれるという極小の可能性に賭け、ギャンブルに勝ったわけだが、事態の急変についていけずに気を失ってしまった。


 まあ、岩礁が浮上して都市が出てきたり、ダゴンと取り巻きのディープワンズが全滅したり、空飛ぶ船が突っ込んできてきたりしたからね。


 わけがわからなすぎて頭が理解を拒否しちゃったんだろう。

 うらやましいね。

 俺も現実をぽーいって捨てて無意識の野に旅立ちたいよ。


「町長の身柄を使って町民を脅すんスね」

「人聞きが悪いな、メグ。きっと気持ちよく協力してくれるさ。悪魔どもから解放してやったんだからな」


 人の悪い笑みを浮かべるメグに、俺はにやりと笑った。


 ダゴンが滅び、その手下の深き者どもも全滅した。

 あとは混ざり者って呼ばれてる連中くらいしか、ダゴン陣営には残っていないことになる。


「これからは至高神の恩寵が、この街に降り注ぎますわ」


 むふーっと豊かな胸を反らすメイシャ。

 すごく格好いいことを言ってるようにみえるけど、ようするに至高神教会の影響下に置いちゃおうってことだね。

 さすが在野ながら司教の位をもらってる人は抜け目がない。


「つまり、わたしたちがインスマスを支配するの? こんな町べつにいらないよ?」


 よくわかんないなー、という顔をアスカがする。

 こんな町とか言ってやるなよ。

 住民が泣いちゃうぞ。


「支配なんかしないさ。拠点にするだけ」


 幸いインスマスには港があるから、リアクターシップはそこに係留しておける。

 乗組員たちには少しでも補修を進めておいてもらうわけだ。


 で、『葬儀屋』は周辺の探索と、ミレーヌさんや船長のガードを引き受けてもらう。


「私たちは?」

「アーカムに向かう」


 ミリアリアの質問に短く答えた。

 




 



 インスマスのことはミレーヌさんたちに任せて、俺たちは街道を南へと下る。

 目的地はアーカムシティ。

 このあたりで一番でかい街らしい。


 そこにいけば、もしかしたらリアクターシップを修理するための部品を調達できるかもしれないし、職人を見つけられるかもしれない。


 可能性としてはけっして高くないが、どうしようどうしようって頭を抱えていても始まらないからね。


 もちろんインスマス周辺にだって、なにか材料になるようなものがあるかもしれないから、そちらの探索は『葬儀屋』に任せるかたちだ。

 実働部隊が『希望』と『葬儀屋』の二つあるというのは、非常に動きやすい。


 インスマスの町は、ミレーヌさんとソンネル船長の求心力でなんとかなるだろう。

 空飛ぶ船や、邪神ダゴンの消滅という衝撃が効いている間くらいは。


 こんな町いらないってアスカのセリフではないが、べつに長期にわたって拠点にする必要はない。

 しばらくの間、生活に不便がなければ問題ないのである。


 まー、いままで幅をきかせていたダゴン陣営が壊滅しちゃったから、人間たちの勢力が台頭してくるのは自明の理だしね。


 町長のマーシュを旗印にしてしまえば、俺たちに便宜を計らうくらいは喜んでやってくれるさ。

 それでも妨害してくるような連中がいたら『葬儀屋』が上手いこと処理してくれるだろうしね。


 脅したり鼻薬を嗅がせたりするのは、冒険者の必須技能といってもいいくらいだもの。

 大夜逃げ作戦を成功させてくれたあいつになら、どーんと任せて安心だ。



「期限は一ヶ月で。それまでにリアクターシップを修復する目算が立たなかったら、自沈廃棄としよう」


 俺の言葉に、ミレーヌさんが頷く。

 いつまでも無期限に修理の道を探るってわけにはいかないからね。

 どっかで見切りをつけないといけない。


「インスマスのことはお願いします」

「ライオネル氏も気をつけて。すべからく成功を祈ってますよ」


 けっこう真剣な表情で差し出された右手を俺は握り返した。

 西大陸における冒険の始まりである。

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