第17章

第266話 数の暴力じゃんよー


 さて困ったぞ。

 邪神ダゴンと悪魔ダンタリオンを倒したのは良いんだけど、中央大陸に帰還する手段も失われちゃった。


「ていうかソンネル船長。なんで体当たりとかしちゃったんですか」

「いやあ」


 はっはっはっと笑いながら、いかにも船乗りって雰囲気の船長が頭を掻く。

 褒めてないわよ? わかってると思うけど念のため。


「ナザル君もミレーヌ女史も、いっちゃえいっちゃえって煽るからさあ」


 やめて。

 なにその煽り飛行。


 助かったのは事実なんだけどさ。

 ダゴンとの戦いで俺たちは限界だった。前衛の体力も後衛の魔力も、本当にぎりぎりでの勝利だったのである。


 あの状態でダンタリオンと戦っても勝算の立てようがない。

 というより、そういうタイミングで出てきたんだろうけどね。あの悪魔は。


「それにほら、母さんたちだってジークフリートで悪魔を倒しまっくったからさ。僕の船でもいけるかなーと」

「そりゃいけるでしょうよ……」


 でもね? ソンネル船長。

 ジークフリートは大破したんですよ。

 無傷で勝ったわけじゃないって部分は、できれば憶えていてほしかったなー、なんて。


「『希望』の危機を救った『葬儀屋』。このテーマで吟遊詩人に売り込めるな」

「なんでナザルは、そんなにサーガにされたいんだよ」


 改めてナザルと握手を交わす。

 感謝を込めて。

 危機を救われたのは二回目だ。


 アスピム平原会戦に先立つ戦いでは、『葬儀屋』が救援に駆けつけてくれたから勝てた。

 今回も彼らが遠く中央大陸から、文字通り飛んできてくれたから生き延びることができた。


 本当に感謝してもしきれない。


 ただ、それはそれとして!

 ものすごい手詰まりだって現状は、まったく動かないんだけどね!

 どーすっかなぁ。


 リアクターシップが飛べるなら、インスマスも浮上した海底都市イハ・ンスレイも全部放置して帰還しちゃうのが、最も効率が良い。

 ぶっちゃけ縁もゆかりもないない町だしね。


 だけど、このプランは使えないんだ。

 肝心のリアクターシップ『フォールリヒター』は大破と中破の中間くらいって状況で、なんとか海に浮かんでるだけ。

 飛翔はもちろん、自力航行すら難しい。


 そしたらどうするかっていうと、修理か自沈しか選択肢がないんだよ。

 魔法科学ロストテクノロジーのカタマリを放置しておくってのは、まったくない話だからね。


 西大陸のどこかの国が拾って再利用なんかしたら大変なことになる。

 生臭い言い方をすると、マスル王国の軍事的な優位性が失われてしまうんだ。


「ちなみに、魔導通信の設備も現状では修理不可能です」


 ミレーヌさんが軽く首を振る。

 本国に現状を伝えて応援を呼ぶことはできないと。


「ですので、すべての指揮をライオネル氏に委ねます」

「いやいや……ちょっとまって……」


 反論しかかる俺を無視して、ミレーヌさんは船長に向き直った。


「ソンネル提督も異存ありませんね?」

「もちろんさ。ミレーヌ女史」


 船長って提督えらい人だったんだ。そりゃそうか、国に一隻しか存在しないリアクターシップを扱ってるんだもんな。

 小隊長中隊長って地位のわけがない。


 て、そんなことはどうでも良いんだ。

 魔王の秘書や提督が俺の指揮下に入るって意味不明すぎるわ。


「そんじゃ、俺たちもネルの差配に従うぜ」

「ナザル……おまえもか……」


 頭のおかしい提案に『葬儀屋』のリーダーまで賛成してしまい、俺は空を振り仰いだ。




「どんな強いドラゴンだってぇ、頭が四つもあったらサンドウォームにすら負けちゃうのん~」


 のへーっとサリエリが笑う。

 いやまあ、そうなんだけどさ。


 ミレーヌさんの狙いは指揮の統一だ。

 いまって、魔王イングラルの秘書、リアクターシップの船長、冒険者クランのリーダーが二人っていう、指揮を取るべき人間が四人もいるんだよ。

 誰の指示で動けばいいのって、みんな困ってしまうよね。


 勝手にバラバラな行動を取りだしたら、こんな異境の地で野垂れ死んじゃう。


 だから、国に帰るまでの暫定的なリーダーを決めて、その人の指示で全員か行動する。

 狙いとしては健常だし、まさに正解だと思う。


 でもそれって、ミレーヌさんかソンネル船長の仕事でしょうよ。


「なんで無位無冠の民間人である俺がリーダーなのか、まずそこがおかしいと思います」

「そうですか? では決を採りましょう。この集団のリーダーとしてライオネル氏がふさわしいと思う人は、挙手してください」


 ぐるりと見渡してミレーヌさんが言えば、俺を除く全員が手を挙げやがった。

 リアクターシップの乗組員、『葬儀屋』のメンバー、『希望』のメンバーたち。全員がである。


「賛成二十七、反対一。最も民主的な方法でライオネル氏がリーダーに選出されました。おめでとうございます」


 挙げていた手を下ろしてミレーヌさんが拍手した。

 他のみんなも笑いながら拍手に便乗してるし。


 めでたくねえよ!

 こんなん、ただの数の暴力じゃないか!


「私たちの命運を委ねます。頼みますね、リーダー」


 一転して真剣な顔だ。


「……わかりましたよ」


 俺は頷きながら内心で舌を巻く。

 冗談めかして、帰れないっていうみんなの不安を軽減した状態で、俺にバトンを渡したわけだ。


 さすがは魔王の秘書というべきだろう。

 本当に、あなたが指揮をとった方が良いんじゃないですか?


 

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