閑話 まるなげアイランド


 リアクターシップというのは三十人近くも乗れる大きさだ。馬車などよりずっと大きいのである。

 それが船体に防御魔法をかけて悪魔に体当たりした。


 インパクトの瞬間、とんでもない爆風が『希望』をも襲いかかる。

 受けてしまったら普通に死んでしまうような衝撃波だ。


聖なる盾ホーリーシールド! 聖なる盾! 聖なる盾! ああもう! まったく足りませんわ! あと五枚ほど聖なる盾!!」


 聖句なのか叫びなのか判らないメイシャの声に従い、光り輝く壁が八枚も現出する。

 物理攻撃をかなり防いでくれるスグレモノなのだが、衝撃波で次々と割れてしまう。


「メイシャ! 回転させて力を外に逃がしてください!」

「簡単におしゃっらないでくださいませ!」


 ミリアリアの指示に怒鳴り返し、両手をぐるぐると動かす。

 光の壁がまるで花弁のように広がり、回転しながら力の奔流を受け止めた。

 しかし、それでも足りない。


「第六位階の魔法……届くでしょうか? いえ、届かせてみせます! 絶対物理防御アンチフィジクシェル!」


 小さな大魔法使いが杖を掲げれば、ドーム状の力場が七人を包む。

 彼女の実力ではまだ使えない魔法なのだ。しかし、術式自体は頭に入っているから、意地で発動させた。


 代償は軽くない。

 耐えがたい激痛が頭を締めつけ、ぽたぽたと鼻血が垂れる。


「守りますわよ。きっちり!」

「もちろんです!」


 守りの奇跡を同時にいくつも発動させているメイシャも似たような状況だ。 

 それでも二人は一歩も引かない。


 守るといったら守る。

 互いに手を取り合って。


 まるで永遠のような数瞬がすぎ、悪魔ダンタリオンを押しつぶし引き千切ったリアクターシップは、イハ・ンスレイ外縁部から転がり落ちるように着水した。


 転移能力という常識外れの能力をもつ悪魔だったが、リアクターシップ体当たりという、より常識外れの攻撃の前に滅びは免れなかった。


「無事か! お前ら!!」


 乗降口ハッチが開き、船上に姿を現した男が『希望』の七人へと向かって手を振った。

『葬儀屋』のナザルである。


 なんと、助けにきてくれたらしい。

 まさに時の氏神という登場で『希望』の危機を救った。


 ずいぶんと乱暴な方法ではあったが、のんびりと救援したのでは間に合わなかったし、悪魔の意表を突くこともできなかっただろう。


 武装のないリアクターシップである。

 巨体と速度を武器として使うしかなかった。


「むしろ、お前らの無茶苦茶な攻撃のせいで死ぬところだったよ」


 百万の感謝を内心に隠し、ライオネルが憎まれ口を叩く。


「ネルたちならなんとかするだろうって、ジョシュアとニコルとアンナコニーがいってたからな」


 ゲラゲラと笑うナザル。

 彼自身がそう思っていたとは、口にも態度にも出さずに。






 脇目も振らずにミノーシル迷宮から脱出した『葬儀屋』を出迎えたのは、なんと入口前に着陸しているリアクターシップだった。


「すでに発進準備は整っている。早く乗りなさい」


 乗降口にたったダークエルフ族の美女が告げる。

 美々しい軍服に身を包んだミレーヌだ。


 彼女にもまた天啓があったのだという。

 魔王イングラルを支える辣腕秘書が聖者の天賦を持っていることに驚いたナザルだったが口には出さなかった。


 オシオキされる未来を幻視してしまったから。


 ともあれ、『葬儀屋』を収容したリアクターシップは西を目指す。

 最高速で、一直線に。


 二千里(約六千ギロ)はあろうかという距離をわずか一昼夜で踏破し、インスマス上空まできたとき、『希望』と対峙するダンタリオンを捉えた。


 近くに着陸して救援に向かう、という余裕はない。

 だったら船体を武器として使う。


 頭のおかしい結論に誰一人として異を唱えることなく、リアクターシップによる特攻がおこなわれたのである。





「うん。お前らはもうすこし後先ってものを考えた方がいいな。どうすんだよ? この状況」


 事情を説明され、感謝しつつもあきれ果てるライオネルだった。

 マスル王国の魔法科学技術の粋を集めて建造された世界で唯一の空飛ぶ船、リアクターシップは見るも無惨な有様である。


 霞むほどの上空から地上にいる目標への体当たりだ。

 船体がバラバラになったっておかしくない。


「どうするかと問われたら、どうしようもないねえ」


 はっはっはっと船長のソンネルが笑った。

 大破と中破の間くらいの状態で、空を飛ぶのは不可能だという。

 まったく笑い事ではない。


「まあ海には浮かんでるし、沈まないんじゃないかなぁ。たぶん」

「せめて仮定形で話すのはやめませんか? 船長」


 無茶な使い方をしたものである。

 修理できれば良いが、もしダメだったら人類は航空技術を失ってしまうのだ。


「ネル母さんたちの命とたかが船一隻、比べるようなものですらないからね」

「過激すぎですって」


 照れくさくなって、ぽりぽりと鼻の頭をかくライオネルだった。


「それで、このあとはどういう予定ですか? ミレーヌさん」


 気を取り直して訊ねる。

 魔王の秘書である彼女がこの場では最高位だ。

 どのように行動するとしても、意向を無視するというわけにはいかない。


「さあ?」


 ところが、返ってきた言葉は予想の斜め下だった。


「いやいや、方針を示してもらわないと。リアクターシップでアーカムに向かうのか、それともインスマスの港に停泊させて徒歩移動か」


 そんなにたくさんの選択肢があるわけではない。

 それでも方針を立てる必要はあるのだ。


 最悪、リアクターシップを諦めて自沈させるという非情の決断が必要かもしれないのである。


「ライオネル氏に任せます」

「任せるっていわれても……」


「よきにはからえ」

「丸投げかーい!」


 仰角四十五度の美しいフォームで突っ込みをいれるライオネル。


 かーい、かーい、かーい、と、声がこだまする。

 西大陸の海に。


 どこまでもどこまでも。






第八部 完

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