第258話 ためらわず前へ


 本当に小島である。

 広さは二反(二千平方メートル)もないだろう。

 そこに館がひとつ建っており、上層部は尖塔になっている。


「灯台を兼ねている訳か。館は灯台守が住んでいるといえばだれも疑わないよな」


 湾内の岩礁。

 海難防止のための灯台。

 おかしいことはなんにもない。


 俺だって事前情報がなければ、ここが邪神ダゴンの本拠地だとは思わないだろう。


「普通に考えて地下があるってことスね」


 ざっと見渡したメグが笑った。

 この娘も、外観からだいたいの構造を把握できるようになってきた。もう一歩進むと、弱点も見えてくるようになる。


 だんだんと俺の仕事がなくなっていくね。

 うれしいよな。少しさみしいような。お母さん、少し不思議な気持ちよ。


「それじゃあ行きますか。あんたは、もう帰って良いぜ」


 前半部分は仲間に、後半はマーシュに向けた言葉だ。


「……待つさ。町に戻っても浮かぶ瀬はないからな」

「そうかい。じゃあ好きにしな」


 肩をすくめた中年男の言葉に、俺もまた肩をすくめた。

 彼は町の人々のために主君を売ったわけだが、それを人々が感謝するかどうかというのは、また別の話である。


 邪神ダゴンに忠誠を誓う連中からみれば裏切り者だし、そうじゃない連中からみても、多数の犠牲が出た後に降伏した無能者ってことになるわけだ。


 ちなみに、犠牲が出る前に勝てないと踏んで降伏したら、惰弱だとか根性なしとか言われる。

 政治家って大変よね。


 ともあれ、マーシュとしては俺たちが邪神ダゴンを倒してインスマスを解放する、という可能性に賭けるしかないわけだ。


「悪魔はわたしたちがやっつけてあげるから! 良い町にするんだよ!」


 すんげー上から目線でアスカがいった。

 吟遊詩人たちがうたう世直しもののサーガじゃないんだからさ。悪人を倒してめでたしめでたしってほど、世の中は簡単にできないのよ?


「きちんと至高神様を奉ずれば、いずれインスマスにも光が降り注ぎます。誤った信仰を捨て、正道に立ち返る機会と考えるのがよろしいでしょう」


 そしてメイシャが説法をしている。

 抜け目がないなぁ。至高神教会。





 扉を蹴破る。

 礼儀正しくノッカーをうつような場面でもないしね。


「おじゃましまーす!」

「襲撃だよぉ。部屋の隅でガタガタ震えるんだよぉ」


 最初に突入するのは、もちろんアスカとサリエリだ。

 やたら明るいのとふざけまくってるのはいつも通りである。


 そして出迎えてくれた魚人を、それぞれ一刀のもとに斬り伏せた。まあ、普通に問答無用ですわ。

 ていうか、これがディープワンズなんだろうね。


 インスマスよりずっと魚っぽい。


「サハギンより堅い感じ!」

「スピードも三割増しくらい~」


 報告がとんでくる。

 一撃で殺してるんですけどね。この娘たちは。

 倒すまでの一瞬でかなりの情報をつかみますね。達人は。


 頭の中でざっとディープワンズの戦闘能力を分析してみる。サハギンの三割増しの速度で、鱗のせいなのか防御力が高い。

 てことはオーガーより強い感じかな。


 俺やメグだと近接戦闘は厳しいかもしれないね。


「こっちス」


 そのメグが、階段のあるとおぼしき方向へと仲間を導く。

 一階の探索なんかしない。

 こんなところにユウギリがいるはずがないからね。


 人質だろうと財宝だろうと、隠すなら最上階か最下層でないと意味がない。

 この場合は灯台のてっぺんって可能性もあるけど、そんな狭いところじゃ復活の儀式とやらに必要な道具もおけないだろう。


 そして地下に入ると、一気に磯の香りが強くなった。

 次々に、ディープワンズが襲いかかってくる。


「フレアアロー!」


 が、前衛の間合いに入るより先に、ミリアリアの魔法が打ちのめしていった。

 やっぱり火が特効っぽいね。

 火炎系魔法の、もっとも初歩的なやつですら大ダメージを与えることができている。


「魔力の節約にもなりますし、戦いやすい相手です」


 むふふふ、と、勝ち誇るミリアリア。

 近接戦闘が得意なモンスターは魔法の耐性が低いケースが往々にしてある。試しにと撃ったフレアアローが絶大な力を発揮したのはうれしい誤算だ。

 メイシャの神聖魔法がほとんど使えない今、前衛の負担が減るのはありがたい。


「オレのまきびしも残り少ないスしね」

「ああ」


 インスマス面との追いかけっこで、消耗品の在庫が心許ないことになっている。

 補充できる目算は立たないんで使い切ったらそれでおしまいだ。

 状況としてはかなり厳しい。


 厳しいけど、時間がたつほどにもっと厳しくなっていく。

 ユウギリの救出はだからこそ急がないといけないって側面もあるんだ。


 と、考えて俺は苦笑を浮かべる。

 そんなご大層な話じゃない。


 兵は巧遅よりも拙速を尊ぶ、なんて次元の話じゃないんだ。

 さらわれた仲間を一刻も早く救出したい、ただそれだけの話なんだよな。


「この先にホールっぽいところがありそうスね。構造的に考えて」


 ミリアリアのともす魔法の灯りのした、野帳レベルブックを確認したメグが言った。

 のばした指の先には扉が見える。


 地下三層。

 そろそろ本殿に到着してもおかしくはない深度である。


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