第257話 悪魔の岩礁へ


 マーシュの操る小型帆船が小島へと向かう。

 港から一里(約三キロ)も離れていない位置だ。

 その名もずばり『悪魔の岩礁』というらしい。


「信仰の対象になっているってことだろうな」

「悪魔信仰ですか。こう、この辺ぜんぶ焼き払ってしまいましょうか。めんどくさいから」


 こてんと小首をかしげ、恐ろしいことをいうミリアリアだった。

 気持ちは判るんだけどね。

 なんでよりによって、人類の仇敵たる悪魔を信仰してるんだよ。


「ますます至高神様のお声が遠くなっていきますわね。島に近づくと」


 メイシャの言葉に全員が深刻な顔で頷いた。

 悪魔にとって至高神は天敵である。その力が及ばないように小細工しているのだろう。


「妨害装置がどこかにあるかもねぃ」

「どうしてそう思う? サリエリ」

「悪魔がみんなぁ、至高神の力を遮ることができるならぁ~、いままでだって似た状況があったんじゃなぁい~?」

「たしかにな」


 少なくとも、ダンタリオンにそんな能力はないだろう。

 あるならダンジョンでメイシャとマリクレールのホーリーフィールドが発動するはずがない。


「……あんたら、本気でダゴン様に勝つつもりなのか……?」


 舵を操りながらマーシュが訊ねてきた。

 その顔に浮かぶ恐怖は、さて悪魔に向けたものか、俺たちに向けたものか。


「いままでいっぱいやっつけたし! ためらう理由ないし!」

「仲間をさらった報いは、くれてやらないといかんス」


 元気いっぱいのアスカと片頬で笑うメグ。

 怪物を見るように目でマーシュが見つめた。


「相手は邪神と呼ばれる存在なんだぞ……」

「はい。つまり敵ですわね」


 輝くような笑みのメイシャだ。

 まばゆげにマーシュが見つめる。


「……わしのひいじいさんは、そうは考えられなかったのだろうな……」


 ぽつりぽつりと語りはじめた。


 悪魔の片棒を担いできた咎人の告白なんぞ、正直たいして聞くつもりもないのだが、島に着くまでの短い間、ただ沈黙が続くというのもしんどいものがある。

 俺は話の腰を折らず、視線で先を促した。


 インスマスという町は、もともとけっこう栄えていたらしい。

 漁業だけでなく、貿易の中継地だったりもしたんだそうだ。

 で、悪魔に目をつけられた。


「ほどほどに繁栄しているということに満足できず、悪魔の誘惑に乗ってしまう。絵に描いたような駄目パターンですね」


 やれやれと両手を広げるミリアリア。

 とんがり帽子が海風に揺れる。


 悪魔というのは人間の心の隙に忍び寄ってくる。そして、一見すれば人間が有利な取引を持ちかけるのだ。

 もちろんそんなのは上辺だけで、すべてを人間を破滅させるための手練手管である。


 マーシュ町長の曾祖父というのは、邪神ダゴンの口車に乗ってしまった。

 そしてインスマスの町は、悪魔の前線基地へと作り替えられていく。基地である以上は兵隊がいないと話にならないわけで、インスマスって呼ばれる半魚人たちは兵士として生産・・された。


 ダゴンの眷属であるディープワンと人間を混血させることでね。


「ようするにぃ、中央大陸で見かけるインスマスはぁ、偵察部隊なんだろうねぃ」

「世界は海で繋がってるからな。中央だけでなく、東にも南にも送り込まれてると考えた方が良いだろうな」


 サリエリの言葉に俺は腕を組んだ。

 友好親善使節を送るために偵察なんぞするわけがない。なんのためにインスマスどもが世界に散っているかと考えれば、ぞっとしないものがある。


 もちろん俺は天下国家を論じる立場にあるわけではないので、ことが落ち着いたら、ロスカンドロス陛下とカイトス将軍に報告するくらいかな。

 あとは、お二人がなんとかしてくれるだろう。


 あんまり深く絡んでしまうと、セルリカのシュクケイどのところや、インゴルスタのピリム陛下のところに親書を届けてこいとかいわれそうだからね。

 話だけしてすっと退場するのがベターです。


 そんなふうに考えていると、なぜかメグにぽんぽんと肩を叩かれた。

 やめて。

 そんな諦めきった笑顔を見せないで。


 ともあれ、インスマスは町ごと悪魔の眷属になってしまった。

 一定数は普通の人間を残しているのは、対外的に交渉をするときにインスマスどもが出るわけにはいかないからだろう。


「そうやって何百年も支配されてきたのは、ちょっとかわいそうだね!」


 アスカが同情的なこと言い、マーシュが少しだけ安心したような顔になった。


 騙されるなよー?

 曾祖父の代なんていったら、せいぜい百年ちょっと前くらいだろうし、マーシュ以下町の幹部はそれなりに良い暮らしをしてるぞ。


 身なりを見てみ?

 けっこうこざっぱりとした良い服を着てるだろ。


 悪魔はべつに吝嗇ケチじゃないからな。むしろ金や名誉なんかに興味はないから、そういう部分は町の幹部たちがまるっと牛耳っていたと思う。


 俺と出会った頃のお前たちみたいに私服すら持ってない、なんて貧乏とは無縁だって。


 まあ、虐げられていると思えば、無条件にかわいそう助けなきゃって思ってしまうのは、アスカのアスカたるゆえんだろうけど。

 天賦のとおり英雄気質だからね。


 そういう「甘い」部分は俺たちがフォローすれば良い。

 疑り深くて、他人の不幸を見て見ぬ振りをするようなアスカに、どんな魅力があるのかって話さ。


 弱きを助け強きをくじくを体現した娘。

 それが『希望』の英雄様だ。


 ごく短い航海が終わり、『悪魔の岩礁』とやらに船がつく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る