第256話 なんたる失態
俺の目の前で。
なんたる失態か。
「大丈夫です母さん。追えます。余裕です」
強くを拳を握りしめる俺の腕に触れ、ミリアリアが微笑してみせた。
かなり無理をした笑みではあったけれど。
ちいさく息をついて切り替える。
すまないな、ミリアリア。母さんちょっと動揺してしまっていたよ。
「心強いよ。見失わないように魔力の残滓をトレースしてくれ」
「はい」
「みんな。ちょっと聞いてくれ」
ぐるりと娘たちを見まわす。
「悪魔にユウギリがさらわれた。これが何を意味しているのかっていえば、なにか悪だくみをしているってことだと思う」
世界の平和のために誘拐した、なんてことはないからね。
でも、問題はそこじゃない。
むしろ目的なんかどうでも良い。
「俺たち『希望』は、けっして仲間を見捨てない。絶対に助けるぞ」
ぐっと腕を伸ばす。
「とーぜん!」
こつんとそれにアスカが拳をぶつけた。
「ママならそういうと思っておりましたわ」と、メイシャ。
「みなまでいうなぁ~」と、サリエリ。
「見捨てるなんていったら、オレがネルダンさんを見捨てるスよ」と、メグ。
それぞれの為人で決意を表明してくれる。
「いきますか」
すっとミリアリアが指をさした。
夜の海を。
もう一度炸裂するフレアチックエクスプロージョン。
さっきと比較すれば、だいぶインスマズ面どもに近い場所で。
何十匹かが爆発に巻き込まれて消滅し、それに十倍する数が爆風で吹き飛ばされた。
彼らが悪魔の眷属だと知った今となっては、手加減をしてやる必要はないからね。
べつに全滅させたって痛痒は感じない。
「選ばしてやるよ。おまえらの親玉のところに案内するか、それともここで死ぬか」
俺の声が朗々と響く。
サリエリの魔法で町全体に響いているんだそうだ。
半死半生のインスマスどもの間に、ざわざわと動揺が広がっていく。
「親玉に仕置きされるのが怖いのか? そりゃあずいぶんと舐められたもんだな」
もう一押しとばかりに唇をゆがめれば、今度はミリアリアのファイアボールが爆発した。
フレアチックエクスプロージョンに比較したら威力は格段に落ちるけど、これは一人でも使えるからね。
「後から仕置きされる方が、いま殺されるより怖いってか?」
裏社会のボスもかくやってくらいの演技力でごり押しは、じつは焦りがあるから。
ユウギリを誘拐したダゴンが、いつ復活の儀式とやらを始めるかわからない。
すぐ始めるかもしれない。明日かもしれない。
もっと準備に時間がかかるかもしれない。
とにかくわかっているのは、確率の分母が一刻ごとに小さくなっていくってことだけなんだ。
湾の中にぽつんと光を放っている島。
そこに逃げ込んだとミリアリアの魔力探知が示しているから、すぐにでも乗り込まないといけないんだけど、俺たちには海を渡る手段がない。
飛行魔法じゃ二人くらいしか同時に飛べないしね。
つまり是が非でも船を提供させる必要があるわけだ。
方法としては二つ。
理解ある歩み寄りによって住民から好意をもたれ、すすんで船を出してもらう。
あるいは強硬手段。
選んだのは後者で、べつに悩まなかった。
悪魔の眷属と仲良くなっても仕方ないし。
彼らも生きているんだから話し合えばきっと理解し合えるはず、なーんて夢物語は、モンスターに畑を荒らされたり知人を殺されたりしたことがない人なら、信じることができるかもしれないけどね。
「や、やめてくれ! これ以上殺さないでくれ!」
こけつまろびつ中年の男が前に出てきた。
インスマス面じゃないな。
ふむ。
「あんたは?」
「町長のマーシュだ! 船を出す! だからこれ以上町民を殺すのはやめてくれ!」
必死の哀願である。
よしよし。恐怖で縛るのは上手くいったようだな。
ボスの本拠地に敵を連れて行くんだから、マーシュとかいう町長の命運は尽きたも同然だ。
けど、連れて行かなかったとしても終わりなんだよね。
俺たちに殺されるか、俺たちが去った後に町民たちからなぶり殺しにされるか、裏切り者としてダゴンに殺されるか。
この三つしか選択肢がない。
さあどれを選ぶ?
マーシュが選んだのは四つめの選択肢だ。
つまり、俺たちがダゴンを倒す可能性にかけるってやつね。
それが叶えば、彼にも生きる目が出てくる。
悪魔が滅びてしまえば混血のインスマス面どもも力の根源を失って弱体化するだろうしね。
そしたら彼一人くらい逃亡するのは可能なんじゃないかな。
「まだまだ安心はできないのぉ~」
のへーっとサリエリが笑う。
けど目が笑っていないのは、マーシュがもう一回裏切るかもしれないって部分をちゃんと認識しているから。
さすがは特殊部隊出身だけあって、油断とは無縁の人だ。
船を途中で沈めて、ダゴンに対して忠誠を示すってパターンも考えられるからね。
「忠告さんきゅな」
「ネルネルちょっと焦ってる気がするからぁ」
「助かる」
「うちは副官みたいなもんだしぃ」
小声で交わす会話だ。
本当にサリエリってユーティリティプレイヤーだよな。
どんな役割でも問題なく務めることができる。勇者の天賦は伊達じゃない。
「突き進んで良いよぉ。ネルネルぅ。うちがちゃんとフォローするからぁ」
「いつもすまないねえ」
「それはいわない約束だよ。おっかさん~」
いや、せめておとっつぁんにしない? それ。
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