第254話 あぶないおいかけっこ


 俺がマスターを睨みつけるのと同時に、客たちががたりと立ち上がる。

 いきなり臨戦態勢だ。

 口々に至高神教会を罵りながら。


 ずいぶんと嫌われてるな。

 仕方ないか。至高神教会だって神敵とみなした異教徒たちを討伐したりするからね。


 とはいえ、仕方がないで囲まれたらたまったものじゃない。

 ここは逃げの一手だろう。

 俺は仲間たちを促して店の外へ出る。


「げ」


 思わず声が漏れてしまった。

 なんと、酒場自体がすでに囲まれていたのである。十重二十重に。


 通りを埋め尽くすインスマス面ども。

 二百人や三百人ではきかないだろう。


「面目ないス。そこら中に気配があったんで、囲まれてるのに気づかなかったス」


 偵察担当として幾重にも面目を失したかたちのメグが申し訳なさそうに頭を下げた。


 いや、気にすることはない。

 のっぺりと異臭漂うこの町じゃ、気配を読むとかそういう次元の話にすらならないもの。


 それに、おそらく宿屋の主人もグルだろうしな。

 どうにもこのインスマスでは至高神の教徒というのは憎悪の対象っぽい。よそものを嫌うなんてレベルじゃなくてね。


 メイシャとミリアリア、ユウギリを中心部にいれ、俺たちは全方位警戒体勢をとる。

 最初から囲まれているというのが厄介だ。


 当たり前だけど、人間は全方向に注意を割くことなんかできない。一人が四人くらいに囲まれたら普通にボコボコにされる。まあ手も足も出ないね。

 正面のやつを殴れば後ろから殴られ、そいつを蹴飛ばそうとしたら横から蹴りつけられるんだから。


 それでも勝てるよーん、なんて主張する人は、たぶん実戦経験がないんだと思う。


「どうする? 母ちゃん」


 隣に立ったアスカが訊ねる。


「斬り破る」

「そうこなくっちゃ」


 短く答えた俺に、にやっと笑って両手を打ち合わせた。

 さすが積極攻撃型。


 とはいえ、この状況で交渉なんてできるわけがない。

 話を聞いてもらうにしても、まずは優位を確保しないと。


「まあ、なるべく殺すな。なるべくな」

「おっけ! なるべくね!」


 不穏当な会話を交わしたあと、俺はインスマス面どもを睥睨する。


「どけ。この人数差だから手加減してやれないぞ」

「邪教徒の女司祭だけ生かして捉えろ! 生け贄にするんだからな! 後は殺して良い!」


 後ろの方から怒鳴り声が聞こえた。


 そーですか。

 なら、手加減無用ですね。






「剣に宿れ機転の閃き! 其は朋友メグの力なり!」


 声とともに七宝聖剣が輝く。

 そして、ぶぉんとアスカの姿が霞み、十人くらいのインスマスが倒れた。


「……いや……オレの隠形って……そういう超加速みたいな技じゃないんスけど……」


 ぼそぼそとメグが苦情をいってる。


 あきらめろ。

 たぶん七宝聖剣の力って、かなーりアスカの主観が入ってる。


 聖なる力を宿せばメイシャで、魔力弾を撃ち出せばミリアリアなんだよ。

 だから、姿が消えればメグね。

 雑すぎ!


「スリーウェイアイシクルランス!」

「イフリートカノン~」


 ミリアリアとサリエリの魔法が同時に放たれ空中へと飛んでいく。

 なにやってんだ、と、インスマスどもは思っただろうか。

 しかしその疑問は、ごく短命しか保ちえなかった。


 上空で接触する二つの魔法。

 次の瞬間、周囲は昼間のように明るくなる。


 衝撃波と爆音は遅れて届いた。


 フレアチックエクスプロージョン。ミリアリアとサリエリの合体技で、『希望』最大の攻撃力を持った魔法である。


 化け物じみた連中とはいえ、こちらへの殺意が明白とはいえ、さすがに人間相手に使って良い魔法ではないため、上空で炸裂させたのだ。


 なにが起きるか知っていた俺たちは、両手で耳をふさいで口を開いている。

 インスマスたちはそういうわけにはいかず、台風になぎ払われる雑草のようにバタバタと倒れていった。


 口から泡を吹き出しているもの、耳から血を流しているもの、まあ、初めてフレアチックエクスプロージョンを目にしたリントライト王国軍の連中と似たような状態だね。


 もくもくとキノコのような形の雲ができあがり、ときならぬ雨が降り始める。

 呆然自失しているインスマスどもを尻目に、俺たちはとっととその場を離脱した。


「こうなったら仕方がない。とっとと町から脱出しよう」

「やむをえませんね」


 通りを駆けながら言った俺に、ミリアリアが肩をすくめて応える。

 この状況、町中すべてが敵対勢力だと考えるべきだし、宿に戻るのは自殺行為だ。


「荷物全部持ち歩いててぇ~、よかったねぃ」

「まったくだ」


 サリエリの言葉に微笑を返す。

 まあこの状況で宿屋に荷物を置きっぱなしにするような冒険者はいないだろうけどな。


「油壺を仕掛けておけば良かったス。失敗したスね」

「いやいや。放火はまずいって。放火は」


 不穏当なメグである。

 たしかに火事になってしまえば、俺たちを追いかけ回すどころではなくなるけど、恨みも倍増だ。

 捕まったら何をされるか判らない。


 もっとも、向こうは最初から殺す気満々なわけだから、好感度が下がることを心配する必要はまったくないんだけどね。

 利用しようとか考えているなら、舌先三寸で丸め込む方法はあるんだけどさ。殺そうとする相手と話し合う舌は、さすがに持ってないわ。


 すたこらは走っていると川が見えてきた。

 橋の上を一気に駆け抜ける。


「橋を落としてしまいますね。八つ裂きリング!」


 ミリアリアが氷狼の杖をかざせば、高速回転する氷の刃が放たれ、石橋を粉々にした。

 もちろん追撃を鈍らせるためだ。


 橋がなくなればぐるっと迂回しなくてはならない。

 うまい手だ。


「と、思ったんだがなぁ」


 信じられない光景に、思わず俺はため息をついた

 なんと住民どもは次々に川に飛び込み、あっという間に泳いでこっち岸に渡ってしまう。

 なんとも泳ぎが達者なことで。


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