第253話 インスマス探訪
日暮れとともに行動開始だ。
行き先は酒場。
冒険者ギルドがあればよかったんだけど、この街にそんなものは存在しないらしい。
「ゆーてぇ、酒場で集められる情報なんてぇ、信憑性ゼロだけどねぃ」
のへのへと笑うサリエリ。
元特殊部隊の彼女は情報というものの取り扱いに慣れている。集め方も、バラ撒き方もね。
こいつとメグの二人が、主に情報収集担当だ。
まあサリエリの場合、できない任務はないんじゃないかってくらいのオールラウンダーなんだけどな。
「さすがに隣町がどっちの方角で、どのくらいの距離があるかくらいは判るだろ? この際それで充分さ」
俺は肩をすくめる。
べつにインスマスに詳しくなりたいと思ってるわけじゃない。
ここをベースに活動したいと思ってるわけでもない。
できれは、とっとと退去したいんだ。
中央広場を西、つまり海とは反対方向へと歩く。
「たしかに、かつては栄えていたんでしょうね。母さん」
「だな。道幅も広いし、ちゃんと都市計画にのっとって作った町っぽい」
ミリアリアの言葉に頷いた。
町ってのは、ほっとくとテキトーに大きくなっていくっていうやっかいな特性を持っている。
だから、為政者は大きくなりそうな町には初期段階で縄張りをするのだ。このへんを商店街にするとか、飲食店はこのへんにかためようとか、大通りはこう敷設して枝道はこう作ろう、とかね。
インスマスも、比較的ちゃんと区画が整理されている。
つまり大都市化をにらんだ都市計画がなされていたってこと。
「それが奇病でおじゃんになったてことスか? たった一回の流行で?」
メグが小首をかしげた。
それなー。
俺も腑に落ちないのよ。
疫病が流行りました。悪魔の呪いがかけられました。そりゃあ大変な事態さ。一時的に人口が激減するのも無理はない。
けど、巨額の予算を投じて整備した町を国が捨てるだろうか。
ほとぼりが冷めたら、しれっとよその町から住民を移動させて再開発するんじゃないかと思うんだ。
当事者世代は嫌がるかもしれないけど国王なり領主なりの命令には逆らえないし、事件は二百年以上前って考えたらもう六世代も七世代も昔だよ。
憶えている人も少ないんじゃないかな。
にもかかわらず、インスマスはゴーストタウン状態のままだ。
領主が手を入れないのか。
「あるいは、手を入れられない理由があるのか、ですね」
小さな、俺にだけやっと聞こえる声でミリアリアが言った。
酒場には先客がいた。
ざっと見渡した感じ八人である。
あきらかなインスマス面で一瞬だけ息をのむが、すでに一人見ているからね。全員が何事もなかったような顔を作った。
そして十人がけの大テーブルにつくが、給仕がやってこない。
意地悪というより、自分で注文しにいくタイプの店かな。
従業員のいない田舎の酒場なんかだと、たまにこういうことがある。手が回らないなら店の規模を小さくすれば良いのにと思ってしまうが、そこはそれぞれの経営者が考えることで、俺が口を挟むような問題ではまったくないだろう。
ついたばかりの席を立ち、俺はカウンターへと歩を進める。
すっとアスカが影のように続いた。
おや珍しい。
こういう局面で一緒にくるのはメグかミリアリアなんだけどね。交渉事があるかもしれないから。
アスカやメイシャあたりは、テーブルについたらごはんごはんと合唱しそうなタイプだし。
そのアスカがくっついてきたってことは、かなり警戒している証拠だな。
「母ちゃん。絶対に油断しないでね。こいつらおかしい」
「ん。判ってる」
小声での注意喚起だ。
やれやれ。アスカを油断するなって引き締めていた時代が懐かしいね。
「よそものが、こんなところに何のようだ?」
敵意むき出しの酒場のマスターである。
あんまり客商売に向いてないんじゃないかな。
インスマス面の外見をさっ引いてもね。
「ようはまったくない。さっさと出て行きたいから、隣町までの時間と方角を教えてほしいだけだ」
応えて、俺は数枚の銀貨をカウンターに置く。
なにも注文していないから、本当にただの情報料だ。
考えてみれば、なにかを注文して聞き出すよりこの方が安くついて良いな。そもそも、ここで出されるものを食べたり飲んだりしたくないし。
ふんと鼻を鳴らし、マスターが銀貨を懐にしまう。
「南に行くとアーカムだ。乗合は一日一本」
「何刻に出る?」
「朝にアーカムを発って夕刻に着く。で、折り返していく」
「そうかい。ありがとよ」
俺はひっそりとため息をついた。
夕刻であれば出発したばかりである。夜になったら情報を集めようと思ったのが裏目に出てしまった。
宿になど入らずに探索すれば、いまごろはこの陰気な町からおさらばできていただろう。
とにかく明日の夕刻まで乗合馬車はない。
ほぼ丸一日はインスマスに滞在しなくてはいけないということが確定した。まったく歩いたことのない、夜の荒野に徒歩で踏み出すという蛮勇を選ぶなら話はべつだが。
「ところで」
マスターが俺たちのテーブルに視線を投げる。
より正確には、テーブルに着いているメイシャに。
好色な、という感じではなく、あきらかに憎悪のこもった視線だ。
「あんたの仲間には邪教徒がいるのか? 感心できねえな」
邪教てあんた。
メイシャの服装は至高神教会の司祭として、どこに出しても恥ずかしくないないものじゃないのよ。
邪教扱いはいただけないな。
敬虔な、とまではいわないけど、俺だって信仰は至高神だからな? おっさん。
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