閑話 固ゆで葬儀 2
いっそこのままルターニャまで撤退してしまおうか、という案もあった。
ミノーシル迷宮は、なにがなんでも攻略しないといけないダンジョンというわけでもない。
ここまでゲットした
まあ、冒険が大好きな『固ゆで野郎』も『葬儀屋』も、食っちゃ寝の生活などできないだろうけれど。
どうせすぐに命がけの冒険に挑みたくなるに決まっている。
「けど、やつらを放置して撤退ってのはまずい気がする」
黒髪をふるふると振るナザル。
『葬儀屋』のリーダーだ。
「たしかにな。ここまで追いかけてきたし」
ライノスがこくりと頷く。
彼は『固ゆで野郎』のリーダーで、ガイリアのトップクランという名誉を『希望』に譲るまで、ずっとその座に君臨していた男だ。
『金糸蝶』だって及ばなかった。
いまだって、名実の
次点が『葬儀屋』。
『希望』は有名だし、団員は生きながら伝説になったくらい強力だし、貴族や王族とのパイプもぶっといものをもっている。が、いかんせん人数が少ないのである。
実働部隊がたったの七人。あとは家宰がひとりいるだけ。
規模だけ論じたら弱小といって良い。
『固ゆで野郎』の構成員は戦闘員と事務職などの非戦闘員を合わせて百十四名。『葬儀屋』それは七十二で、いまでは全盛期の『金糸蝶』よりも大規模になった。
たったの八人の『希望』では勝負どころか同じ舞台にすら立っていないだろう。
やれる仕事の幅だってまったく違う。
そもそも、天下国家の問題にしばしばクチバシを突っ込んでいる(巻き込まれている)『希望』が、冒険者として間違っているのである。
ともあれ、ナザルやライノスの懸念はもっともだ。
ダンジョンのモンスターというのは、基本的に階層をこえて追いかけてきたりしない。
それぞれテリトリーがあるから。
侵入者をやっつけることより、他の連中のテリトリーを侵害しないことの方を重要視している。
あるいは、他の階層で死んでくれって思っているのかもしれないが。
しかしひよこ軍団は追いかけてきた。
これはいかにもまずい。
『固ゆで葬儀連合』が漫然と撤退した場合、都市国家ルターニャまでひよこ軍団を
「ゆーて、ルターニャ兵は強いけどな」
「ルターニャの七百は伊達じゃないってね」
「ただ、あいつらの危険度はそれ以上だ」
「ああ」
ジョシュアの言葉にニコルが相づちを打つ。
戦って判った。
あいつらはやばい。
とくに赤ひよこ。あのまま事態が推移したらジョシュアは間違いなく斬り殺されていただろう。
ニコルが対峙していた黒ひよこもかなりやばかったが、やむを得ず彼は賭けに出た。
目前の敵を放置してジョシュアの援護に向かったのである。
最悪、ふたりともやられてしまうという危険なギャンブルだ。しかし結果は吉と出て、なんとかひよこ軍団は退却するにいたる。
もちろん彼らはすぐに追撃しようとした。
畳みかけるのは常道だから。
だがそれは罠師のドーゴンが直前にストップをかけた。
いつの間にか、床に小さなトゲトゲがばらまかれていたのである。
信じられないくらいそつのない行動である。
こんな連中を町まで引っ張っていってしまったら、どれだけ被害が出るか知れたものではない。
「戦うしかないだろうな」
ぽつりと呟いたジョシュアの言葉に、全員が頷いた。
戦況は千日手の様相を呈してきた。
なにが信じられないって、アンナコニーの魔法攻撃に敵がついてきてるってことだろう。
茶色ひよこが的確に迎撃するせいで、火力で押し切ることができない。
ならばと突出した、ジョシュア、ニコル、ナザル、ライノスの四人を、赤ひよこと黒ひよこが迎え撃つ。
そしてやはり、小憎らしいくらいに強いのだ。
二人一組で戦ってなんとか互角。
しかもかなり広範囲に動き回るから援護射撃もできない。
となれば、前戦参加の人数を増やしてとにかく数で押し切るしかなく、間違いなくこちらも犠牲者が出る。
だが、このまま一進一退を続けていても、何も解決しないのもたしかだ。
追撃不可能なだけのダメージをひよこ軍団に与えなくては、町も危険に晒すことになってしまう。
覚悟を定め、重戦士たちが隊伍を組んで前進しようとしたその瞬間である。
「いまからこの地は至高神の庭となります。皆々様、頭を垂れてお迎えなさいませ」
本陣に控えていたプリーストのマリクレールが凜とした声を発した。
床を突いた錫杖が、しゃらんと音を立てる。
在野にありながら
ちなみに、在野なのに司教となったのは、ガイリアには彼女の他にはもう一人しかいない。
『希望』のメイシャだ。
聖女などと称えられる娘にとって、まさに尊敬すべき先輩なのである。
ふうわりと、白く慈愛に満ちた光が戦場を包み込んでいく。
至高神の奇跡の一つ「聖域」だ。
この光の及ぶところにおいて、邪悪なものは著しく弱体化する。
「いったなにが……」
「起こっているんだ……」
信じられない、というニュアンスを言外にこめ、長剣を構えたままジョシュアが、双刀を提げたニコルが呟いた。
彼らの視界の中、ひよこ軍団の姿が変わっていく。
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